第13話:疾走する日曜日と深まる影
澄み渡る日曜日。
『喫茶 雲母』のグランドオープン初日は、朝から怒涛の混乱の中にあった。
店内とテラス席は開店と同時に満席となり、テイクアウトを求める客の列までできている。昨夜の「嵐」の言葉や過去の疑問を頭の隅で気にする暇すら、今の澪には微塵も残されていなかった。
厨房ではお父さんが怒涛のオーダーを裁き、お母さんが調理のサポートとレジ対応に走り回る。そしてホールは、澪が一手に引き受けて大忙しだ。
朝食ラッシュがようやく落ち着き、間髪入れずに昼食のラッシュへと入れ替わろうとしていた、その時——。
「手伝いに来たわよ〜! 知世〜っ、助っ人も連れてきたわよ!」
カランコロンとドアベルを鳴らして入ってきたのは、朱実さんだった。そしてその背後には、見慣れた無愛想な顔の少年——炤の姿があった。
「朱実〜! ありがとう、もう思っていた以上に大忙しなの!」
「いいことじゃない! それで、私たちは何をすればいいかしら?」
「朱実は厨房を手伝いながらお会計をお願いできる? そうすれば私も料理に集中できるわ。炤くんは、澪と一緒にホールをお願いね!」
片付けた皿を下げ、新しい注文の品をピックアップしに厨房へ戻ってきた澪は、自分の家の『喫茶 雲母』のエプロンを身につけて立っている炤を見て、思わず言葉を失った。
(……は?)
「よう」
「……は? なんであんたがうちのエプロン着てんのよ!?」
「母さんに『手伝ってこい』って言われて来たんだよ」
「はあ……そうだったの」
あまりの脈絡のなさに呆気にとられつつも、炤は澪の足元に目を落とし、呆れたように眉をひそめた。
「あぁ……で、なんでお前、ローラースケートなんて履いてんだよ?」
「こっちの方が早く動けるのっ!」
金曜日のパーティーでの「あの言葉」の照れくささと、嵐との遭遇によるモヤモヤ、そこへ今日の超過密な忙しさが重なり、澪のイライラはピークに達していた。
「はい、二人とも持って行って! 炤くん、わからないことがあったら澪に聞いてちょうだいね」
お母さんが言い終わる前に、澪はローラーを滑らせて颯爽とテーブル席へと去っていった。炤はその怒涛のような後ろ姿を、ただ呆然と目で追っていた。
いくら身内や炤の前でイライラしていても、そこはプロの看板娘。お客さんの前では一切の妥協を見せず、満面の笑顔で親身に接客をこなしていく。
◇
そんな目が回るような忙しい一日が終わり、夜には赤霧家のお父さんもやってきて、みんなで賑やかな夕食を囲んだ。
楽しい食事が終わり、店内ではお父さんたちが清掃作業を進める。テラスや外回りは澪と炤が分担して掃除をし、厨房ではお母さんたちが並んで洗い物をしていた。
「あの子たち……大丈夫かしら?」
スポンジを動かしながら、知世がふと不安そうに呟く。朱実はお皿を拭きながら、優しく微笑んだ。
「心配しすぎよ、知世」
「……でも、あの子たちが何かを気づいたりしたら……」
「大丈夫よ。自分の力を信じてあげなさい。それに……何かあった時のために、あなたたちはここへ戻ってきたんでしょう? 私たちがついているわ」
そっと知世の肩に手を置き、温かく微笑む朱実。
「そうね……ありがとう、朱実」
◇
それぞれの掃除と片付けが終わり、赤霧家に丁寧なお礼を言った後、お互いの家へと帰っていった。
その夜。湯船にゆったりと浸かりながら、澪は天井を見つめていた。
(どうして嵐は、私を探しているんだろう……? どこかで会ったことあったかな。……思い出せない)
ゆらゆらと揺れる湯面を見つめながら、小さく息を吐く。
(どうして後継者を探しているんだろう……。わからない。一体何が起こっているの……?)
いくら考えても答えは出ない。
胸の中に残る消えないモヤモヤを抱えたまま、澪は明日から始まる学校生活に向けて、そっと静かに眠りについた。
(第13話・了)




