第12話:追憶の傷と嵐の予感
「……人を探してるんだ。その人が、君かもしれなくてね」
そう語る少年の瞳の奥に、澪は一瞬、どこか果てしない寂しさのようなものを感じ取った。
「……その人が、何故私だと思うの?」
澪の問いかけに、少年は静かに歩み寄ると、薄く微笑みながら澪の右側の髪にそっと指先を滑らせた。
「……その顔の傷跡」
流れるような指先で澪の髪を扱いながら、少年はまっすぐ澪の瞳の奥深くへと視線を移す。
「水使い……君、後継者だろう」
「私の傷跡と……何の関係があるの?」
少年は迷いなく前髪の間に指を滑り込ませると、優しくそれを持ち上げた。隠されていた右目の傷が露になり、互いの「両目」がしっかりと交差する。
「約10年前についたもの」
澪はわずかに眉をひそめた。
(……なんで、10年前だって知っているの? この子、何者……?)
「10年前、君の実家が火事になった時……その火災に巻き込まれて負った傷だ。そうでしょ」
(…火事?……何言ってるの、この子?)
一瞬の困惑のあと、澪は少年に目線を戻す。自分が火事に遭った記憶など、どこにもない。
「この傷は……小さい頃、家族で行ったキャンプではしゃぎすぎて、焚き火に近づいて髪が焦げてできた傷よ」
少年の手をすっと振り払い、澪はきっぱりと言い放つ。
「残念だけど、あなたの探している人は私じゃないわ」
少年は感情を見せないまま澪の横を通り過ぎ、一歩前へ出た。
波の音だけが響く静寂の中、少年が口を開く。
「……傷跡の経緯は、僕の思い違いだったかもしれない。でも、後継者なのは事実でしょ? だから、僕に協力してよ」
「悪いけど、私は後継者なんかじゃない。それに、水使いなんて探せばどこにでもいるでしょう? あなたには悪いけど——」
「嵐」
澪の言葉を遮り、少年は短く呟いた。
「……え?」
「僕の名前。嵐っていうんだ」
「……嵐には悪いけど、人違いよ」
澪がそう言い終わると、嵐はふり返り、どこからか取り出した一輪の赤いバラをそっと差し出してきた。
「また来るから……考えておいて」
バラを澪の手に残すと、そのまま彼は歩き出した。
手元に残された深紅のバラへ視線を落とし、ハッとして顔を上げた瞬間——もう、そこに嵐の姿はなかった。潮風だけが、静かに浜辺を吹き抜けていく。
◇
澪と別れた後、嵐は暮れなずむ街並みを考え込みながら歩いていた。
( どうゆう事だ?あいつらの言っていた事や記録は間違いだった?… そんなはず… いや、彼女が隠し通そうとしてだけかもしれない…)
あいつらが残した「証言」と「記録」の真偽、そして目の前の少女が語った「傷跡の記憶」の違和感。
(帰ってから、また色々調べる必要があるな……)
重いハァ……と小さくため息をつくと、嵐はすっと気配を消し、静かに街の影へと姿を消した。
(第12話・了)




