冒険者組合
リュックサックを背負い、宿を出る。
お昼近い街は活気に満ちていた。
石畳を行き交う荷馬車。 店先では威勢のいい声が飛び交い、香ばしい肉の匂いが風に乗って漂っている。
「いらっしゃい! 今朝採ったばかりの果実だよ」
「鍛冶屋の新作、ニーズ産で切れ味保証!」
「値上がりしてるよぉ薬草は今日中に買っておきなよ!」
市場は色とりどりの商品で埋め尽くされていた。
見たこともない紫色の野菜。 鱗の付いた巨大な魚。 拳ほどもある木の実。 透明な液体が入った小瓶。
(異世界だなぁ……)
店先を覗いては足を止め、また歩く。
武器屋では剣や槍だけでなく、杖や魔導書らしき本まで並んでいる。
薬屋からは独特の草の匂い。
(魔法がある世界だから、科学とは全然違う発展をしてるんだろうな)
そんなことを考えながら歩いていると、一際大きな建物が目に入った。
石造りの三階建て。
入口には大きな木製の看板。
剣と盾を組み合わせた紋章の下に、大きく文字が刻まれている。
『冒険者組合』
「あ」
新聞で見た。
興味本位で近付く。
入口は大きく開け放たれ、中から賑やかな声が漏れてきていた。
少しだけ緊張しながら扉をくぐる。
中は想像していたより広い。
酒場のように大きなテーブルが並び、革鎧姿の男女が大勢食事をしていた。
巨大な斧を背負う男。ローブ姿の女性。
耳の長い種族。犬のような耳を持つ獣人。
昨日街を歩いていて見かけた以上に、多種多様な人々がいる。
依頼を終えたばかりなのか、笑いながら酒を飲む者。
受付で真剣な顔をして話す者。
地図を広げて相談する者。
まるでゲームや漫画の世界そのものだった。
(すご……)
思わず辺りを見回してしまう。
受付の女性と目が合いそうになり、慌てて視線を逸らした。
今日は見学だけだ。
奥の壁には、人だかりができている。
近付いてみると、大きな掲示板だった。
びっしりと紙が貼られている。依頼書らしい。
『薬草採取 二十束 報酬 銀貨二枚』
『護衛依頼 一日 報酬 銀貨五枚』
『迷子猫捜索 報酬 銅貨八枚』
『荷物運搬 報酬 要相談』
『討伐依頼 森狼 三頭 報酬 銀貨二十枚』
(昨日の水筒の買取、すごく高かったたんだなぁ)
『魔導ランプ修理 報酬 銀貨四枚』
『井戸の魔物調査 報酬 銀貨七枚』
『農園の害獣駆除 報酬 銀貨九枚』
紙には色が付いており、白、青、黄色、赤などに分かれている。難易度だろうか。
ほとんどの依頼は剥がされた跡があり、頻繁に受注されていることが分かる。
しかし、掲示板の端には何枚か古びた紙が残っていた。
角が丸まり、日焼けしている。
誰も見向きもしていない。
『西の鉱山に棲みついた巨大岩蛇の討伐』
『立入禁止区域にある希少鉱石の採取』
『毒沼地帯の調査』
『崩落した坑道の復旧』
どれも報酬は金貨数十枚。
宿代が銀貨一枚だったことを考えると、とんでもない金額だ。
(誰も受けない依頼かぁ)
討伐は命懸け。
毒沼など近付くだけで危険。
崩落した坑道など、普通ならどうにもならない。
(……いや、待って)
《地球所有》自分だけが持つスキル。
地球から好きな物質を取り寄せられる能力。
(毒沼……)
地球には毒を吸着する素材がある。
活性炭。ゼオライト。石灰。
薬品を大量に用意できれば、水質を改善できるかもしれない。
(崩落した坑道)
鉄骨。ジャッキ。
ワイヤー。コンクリート。工事用資材。
いや、そもそも一時置き場に収納してしまえば……。
(岩蛇……蛇、ヘビかぁ)
高温のマグマや大量の落石を利用できればなんとかならないかな……。
「……」
思考が止まらない。
難易度の高い依頼でも、地球のモノを使って解決できるかもしれない。
逆に、この世界では当たり前でも地球にはないものもあるだろう。
魔法と科学。
二つを組み合わせたらどうなるのか。
誰も試したことがない。
(……ちょっと興味あるな)
今の自分はまだ何もない。
戦う力もない。魔法の知識もない。
掲示板から一歩下がり、賑わう組合の中を見渡す。
扉から出ていく冒険者の背を見つめる。
私はふと首を傾げた。
(いや、でも……)
この世界には魔法がある。
水魔法の水が売られていたし、宿の鍵も街灯も魔法道具だった。日常生活のあちこちに魔法が溶け込んでいる。
「あの、すみません」
私は受付へ行き、カウンター越しに女性職員へ声を掛けた。
「はい、何でしょう?」
「少し気になったんですが……」
私は掲示板を指差した。
「ああいう依頼って、魔法で簡単に解決できたりしないんですか?
崩落した坑道なら土魔法で直したりとか」
受付の女性は一瞬きょとんとした後、小さく笑った。
「ふふっ、確かにそう思われても不思議ではありませんね」
彼女は丁寧な口調のまま説明を始めた。
「確かに魔法は便利です。でも、皆さんが想像されるほど万能ではないんですよ」
「そうなんですか?」
「はい。まず、魔法は誰でも使えるわけではありません。適性が必要なんです。また、学ぶのにも莫大な時間とお金が掛かります」
なるほど。
ゲームのように全員が火球を撃てるわけではないらしい。
「それに魔法は自分の魔力を消費します。一日に使える量には限りがありますから、何でも魔法で済ませると肝心な時に困ってしまいます」
「体力みたいなものですか?」
「ええ。使い切れば回復が必要になります」
崩落した坑道を直せるほどの土魔法使いでしたら、王都の工事や城壁建設に引っ張りだこですね」
意外と現実的だ。
無限に撃てるわけではないらしい。
「それに、魔法を使える人は貴重ですからね」
「貴重?」
「ええ。だからこそ、薬草採取や荷運び、街道の警備などは冒険者の皆さんが請け負ってくださるんです。魔法使いが毎日そうした仕事をしていたら、需要と供給が足りなくなってしまいますから」
社会全体で役割分担ができているわけか。
そう考えると、とても納得できた。
私は軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。よく分かりました」
「どういたしまして。分からないことがあれば、いつでも聞いてください」
私はもう一度掲示板へ視線を向ける。
ここは魔法の世界だけど、何でも魔法で解決できる世界じゃない。
だからこそ――地球の知識や道具が通用する余地がある。
その中でも、私だけにしかできないことがあるのかもしれない。




