帰還
冒険者組合を後にすると、ちょうど昼時になっていた。
街はさらに賑わいを増し、通りには昼食を求める人々が行き交っている。
あちこちの屋台から香ばしい匂いが漂ってきて、思わずお腹が鳴った。
「小腹が空いたな」
私は辺りを見回し、一軒の屋台へ近付く。
炭火の上では、大きな肉が串に刺さったままじゅうじゅうと音を立てて焼かれていた。
「ギモー肉。一本、銅貨三枚だよ」
「二本下さい」
代金を払うと、店主は焼きたての串を渡してくれた。
湯気とともにお肉の香りが鼻をくすぐる。
「熱いから気を付けてね」
「ありがとうございます」
私は屋台の脇へ移動し、火傷しないように気をつけながら一口かじった。
「おいしい」
表面は香ばしく焼け、中は驚くほど柔らかい。
塩と香草だけのシンプルな味付けなのに、肉そのものの旨味が口いっぱいに広がる。
牛とも豚とも違う。
何の肉か分からないが、美味しいことだけは間違いない。
あっという間に食べ終える。
喉が渇き、近くの屋台で果物のジュースも買った。
木のコップの中には、淡い橙色の液体。
一口飲むと、柑橘類のような爽やかな酸味と優しい甘さが広がる。
「これも美味しい」
異世界へ来てから、食事に外れがない。
私は幸せな気分になりながら宿へ戻った。
部屋へ入り、魔法の鍵を閉める。
昼下がり、静かな部屋に一人。ベッドへ腰かけ、ゆっくり息を吐いた。
「んーー」
異世界へ来て二日目。
街の様子も少し分かってきた。
でも、先にやらなければならないことがある。
「日本のこと、片付けないとな」
会社。
家。
そして叔母。
道端で突然姿を消した私は、どういう扱いになっているんだろうか。
駅前のあそこは、人通りも多かった。
目撃した人がいてもおかしくない。
半透明の画面を開く。
《地球所有》
その中には、昨日は試さなかった項目がある。
《帰還》
「……本当に帰るのかな」
少しだけ緊張しながら指先で触れた。
すると画面が切り替わる。
【帰還モニター】
【転移】
「モニター?」
試しに押してみた。映像が浮かび上がる。
昨日、自分が消えた駅前だった。
人々は何事もなかったように歩いている。
警察官と警察犬らしき姿も見えるが、大騒ぎというほどではない。
「なるほど……」
視点を移動させる。
超高性能ドローンを手足のように自在に動かせる感じ。
瞬く間に自宅アパートへ。
壁も屋根も関係なく映像は室内へ入り込む。
自分の部屋。
誰もいない。正直ホッとした。
ベッドの上のパジャマ。流しのマグカップ。
昨日家を出た時のまま何も変わっていなかった。
「誰もいないなら」
一時置き場に入れていた通勤バックを取り出し、身につけ《転移》を押す。
次の瞬間、足元から白い光が身体を包み込んだ。
視界が真っ白になる。
ふわりと身体が浮いたような感覚。
そして――。
見慣れた室内が目に飛び込んできた。
「……帰ってきた」
その瞬間。
ブブブブブッ!
鞄の上のスマホが激しく震え始めた。
「うわっ」
スマホを取り出し起動する。
そこには大量の通知が並んでいた。
叔母 着信二十七件。
未読メッセージ 三十五件。
『どこにいるの!?』
『警察から連絡が来たんだけど!』
『早く電話しなさい!』
『返事くらいしなさい!!』
『なんのつもりなの!?』
画面いっぱいに並ぶ通知。私はしばらくそれを眺め。
「……」
通知画面を閉じる。
そしてスマホをマナーモードに切り替えた。
部屋に静けさが戻る。
「まずは……退職届を書こう」
叔母はともかく、会社へのけじめは付ける。
私はそう決めて、机へ向かって椅子を引いた。




