地球Side巡査部長
土曜日、午後六時半。
家宅捜索令状を手にした佐伯たちは、田中愛子の自宅アパート玄関前に居た。
管理会社の立ち会いのもと、鍵が開けられる。
「失礼します」
刑事の黒崎が先頭に立ち、ゆっくりと玄関を開け――
「……えっ」
思わず声を漏らしたのは、すぐ後ろにいた管理会社の職員だった。
誰もがその光景に言葉を失う。室内には、何もなかった。
カーテンすら取り外され、壁際には日焼けの跡だけが残っている。
「……空っぽだな」
別の刑事が呟く。
管理会社の職員が汗を拭きながら、資料を確認する。
「家賃は今月分まで支払われています、この三年間滞った事はありません」
佐伯は静かに室内を見渡した。
生活用品が一切ない。
だが、床には埃がほとんど積もっておらず、つい最近まで誰かが暮らしていたことだけは分かる。
「鑑識、入ってくれ」
「はい」
白い防護服を着た鑑識員たちが手際よく作業を始める。
玄関ドアの指紋採取。
現状の写真撮影。
床や壁の確認。
一人の鑑識員が保護した靴のまま玄関から上がろうとして一一止まった。
室内へ続くフローリングを見つめたまま声を上げる。
「黒崎さん」
黒崎が近づく。
「どうした」
「ここを見てください」
指さした先には、フローリングにうっすらと残る靴底の跡があった。
乾いた泥が付着し、その跡が室内の奥まで続いている。
「これは……」
「最近付いたものだと思われます。床はきれいですが、足跡の部分だけ泥が付着していますね」
鑑識員はしゃがみ込み、慎重に観察する。
「靴底の模様も比較的はっきり残っています。採取できるでしょう」
若い刑事が辺りを見回した。
「誰の足跡なんでしょう?」
鑑識員は首を横に振る。
「まだ分かりません。住人本人のものかもしれませんし、第三者のものかもしれません」
佐伯は黙ってその足跡を見つめる。
空っぽの部屋。室内に残された靴跡。
今は些細な痕跡でも、事件の真相へつながる手掛かりになるかもしれない。
「念入りに採取してくれ」
「了解です」
床の確認をしていた鑑識員が、手を止めた。
「……佐伯さん、こちらに」
指さした床には、白いメモ用紙と十万円が置かれていた。
「これは……」
何もない部屋の床に、残されていたメモ用紙。
そこには、丁寧な字で短く書かれていた。
『探さないで下さい』
部屋の空気が止まる。
「本人の筆跡か?」
「後で詳細な筆跡鑑定に回しますが、パッと見る限り、退職届の筆跡と同じに見えますね」
佐伯はメモを見つめた。
失踪事件では珍しくない文面だ。
佐伯はメモと十万円を証拠袋へ入れる鑑識を見ながら、小さく息を吐いた。




