宝箱
「それと、もう一つお願いがありまして」
大関さんが、少し言いにくそうに切り出した。
「可能であればですが、田中さんに精密検査を受けていただきたいのです」
「精密検査ですか?」
「はい。血液検査やレントゲン、その他にも可能な限り詳しく調べさせていただきたいんです」
大関さんは慎重に言葉を選ぶ。
「スキルを得たことで、田中さんの身体に何らかの変化が起きていないか。異世界での生活が、身体に影響を与えていないかを確認しておきたいのです」
「なるほど……」
私は少し考え頷いた。
「分かりました」
大関さんが、ほっとしたように息を吐いた。
佐々木さんも一緒に病院へ向かう。
なんでも異世界へ行く前に、政府の指示で一通りの検査を受けたらしい。
今回も同じ項目を調べ、前後の結果を比較することで身体への影響を確認するという。確かに貴重なデータだろう。
用意された車に乗り込む。病院までは、それほど遠くない。
そう聞いていたのだが――
道路に出た途端、車の流れが極端に悪くなった。少し進んでは止まり、また少し進んでは止まる。
前を見れば、延々と続く車列。
「……すごく混んでますね」
思わず呟くと、前の座席に座っていた佐々木さんが振り向く。
「現在、この周辺は世界で最も注目されている場所ですからね」
横を見ると歩道にも人が多い。立ち止まって写真を撮る人や、道路の端で集まっている人たちもいる。
少し先では、警察官が交差点に立ち交通整理をしている。
それからしばらく経っても、車はほとんど進まなかった。
「なんだか空飛ぶソファで飛びたくなりました」
思わずそう呟く。
「ああ……」
佐々木さんが苦笑した。気持ちは分かる、とでも言いたげな表情だった。
「実際、どうですかね?」
「何がです?」
「空飛ぶソファ。日本で使うことって、可能なんでしょうか」
私が尋ねると、佐々木さんは少し考え込んだ。
「現時点では、何とも言えませんね」
「やっぱり難しいですか?」
「まず前例がありませんから」
佐々木さんは窓の外へ目を向ける。
「航空機なのか、車両なのか。それとも、そもそも既存の法律では分類できないのか。まずそこから整理する必要があります」
「なるほど……」
「ただ、実際に異世界で乗ってみた身としては、非常に有用な乗り物だと思います」
佐々木さんの表情が少し真剣になる。
「特に、道路が使えない災害時の移動手段としては、かなり可能性があるでしょうね」
思ったより前向きな答えだった。
「では、購入について期待しても?」
「まぁ、まずは車検が通るかですね」
佐々木さんが苦笑した。
ようやく病院に到着すると、待たされることなく検査室へ案内された。
血液検査に始まり、レントゲン、CT、MRI。
心電図や超音波検査、視力や聴力の検査と次々と受けていった。
全てを終えると、先に来ていた調査団の皆さんとも合流した。学者の森田さんと田辺さんは、私の顔を見るなり妙に嬉しそうな表情を浮かべた。
「田中さん、収納しているものを出してもらってもいいですか」
「あぁ、はいはい」
森田さんの目が輝いている。田辺さんの息も荒い。
「どこに出しましょうか?」
そう尋ねた瞬間。二人の表情が、なぜか微妙に曇った。
「あーー……それがですね」
「はい」
森田さんが言いにくそうに口を濁す。隣の田辺さんも、気まずそうに視線を逸らした。
「出す場所で、少し揉めてまして」
「揉めてる?」
「ええ」
森田さんが小さく息を吐く。
「どこも、自分たちのところに置いてほしいと主張してまして」
「はぁ」
「異世界由来のものですからね。普通の研究施設へ気軽に運び込むわけにはいきません。警備体制や入退室管理はもちろん、専用の保管設備まで整っている場所で扱うように決められたんですが」
森田さんが苦笑する。
「その条件を満たせる施設が限られているものですから、各研究機関とも自分たちのところしかないと主張して……」
「なるほど」
どうやら研究者の皆さんにとって喉から手が出るほど欲しいものらしい。
結局、時間も限られているので私たちは一番近い立候補地へ向かうことになった。
到着すると、すでに大勢の研究者が待機していた。
白衣姿の人。防護服に身を包んだ人。手袋を何重にも着用している人。
「田中さん!」
私が入るなり、何人もの視線が一斉に集まった。どうやら、相当な期待を寄せられているらしい。
「では、こちらへお願いします!」
案内された空間には、研究用の机や観察機器が所狭しと並んでいた。
私は収納していたものを、順番に取り出していく。
鉱石。魔石。植物。魔獣の素材。異世界の野菜。
適当に収納していた道具や、異世界で手に入れたさまざまな品々。
「……すごい」
「これは、植物か?」
「鉱物班、こちらへ!」
「いや、これは生物系だろう!」
「許可なく触れないでください!」
たちまち、部屋が騒がしくなった。
ある研究者は鉱石を見つめたまま立ち尽くし、別の研究者は植物を食い入るように観察している。
魔獣の素材を見つけた研究者は、思わず身を乗り出した。
「……これは、角?」
「信じられないくらい素晴らしい……!」
周囲を見渡せば、誰もが目を輝かせている。宝物を前にした子供のようだった。
「田中さん、これはどのように採取されたのですか?」
「えっと……」
「この石は、現地では普通に見つかるものなんですか?」
「あーー」
「採取した場所は、どのような環境だったんでしょうか?」
次々と質問が飛んでくる。
どうやら私は今、とんでもない宝箱を開けてしまったらしい。




