質屋2
私は兵士から受け取った紹介状を差し出した。
店主は一読すると、小さく頷く。
「転移事故の被害者の方ですね。事情は承知しました」
先ほどまでの緊張が少しだけ和らぐ。
「今日は買取をお願いしたくて……」
「もちろんです」
店主はカウンターの上を軽く払う。
「まずは品物を拝見しましょう。」
私はリュックを抱えたまま、小さく息を吸う。
「その前に、一つ伺ってもいいですか?」
「どうぞ」
「この国では、どういう物が高く売れるんでしょうか」
店主は少し考えてから答えた。
「一番高価なのは魔道具や希少鉱石ですが、それは一般の方が持ち込む物ではありません」
「はい」
「日常的な品で言えば、保存の利く食料、良質な布、丈夫な道具、それから——」
店主は少し笑った。
「容器ですね」
「容器?」
「ええ。旅人も商人も必ず使います。水筒、保存瓶、小箱。質の良い物はいくらあっても困りません」
なるほど。
私は《地球所有》を開いた。
リュックに入る大きさ。
この世界で違和感が少ない物。それでいて品質が高い物。
一覧を眺め、私は一つ選ぶ。
『所有物の取り寄せ』
静かに念じる。
何事もなかったようにリュックへ手を入れる。
そして、ゆっくりと取り出した。
艶のある銀色の一本。真空断熱のステンレス水筒だった。
会社へ毎日持って行っていた、ごく普通の水筒。
けれど、この世界では違う。
「……これは」
店主が目を丸くする。
私は少し緊張しながら差し出した。
「水筒です」
店主は慎重に受け取り、手触りを確かめる。
継ぎ目を眺め。蓋を回し。
何度も感心したように頷いた。
「見事な細工だ……」
店の奥から小さな虫眼鏡のような道具まで持ち出してくる。
「かすかに傷がありますが」
底を軽く叩く。
甲高い澄んだ音が響いた。
「こんな金属……見たことがない」
私は何も言わない。
「軽い。」
店主は驚いたように呟く。
「それでいて丈夫そうだ」
蓋を開け、中を覗き込む。
「内側まで同じ金属で仕上げてある……」
独り言のような感想が次々と漏れる。やがて店主は顔を上げた。
「これは職人の特注品ですか?」
一瞬だけ迷う。
「故郷で作られた物です」
嘘ではない。
「なるほど……」
店主は納得したように頷いた。
「遠方の国には見たこともない技術がありますからね」
その言葉に、私は胸をなで下ろした。
「査定ですが……」
店主は帳簿を開き、羽ペンを走らせる。
「状態は新品同様」
「はい。」
「加工精度も極めて高い」
しばらく計算し「銀貨十二枚でいかがでしょう。」
知らず息を呑む。
価値が分からない。高いのか安いのか。
表情に出てしまったのだろう。
店主は微笑んだ。
「かなり頑張った金額です」
「そうなんですか」
「一般家庭なら一か月は十分暮らせます」
一か月。
私は驚いて目を見開いた。
会社で毎日使っていた水筒が、そんな価値になるなんて。
「それでお願いします」
店主は頷き、奥から革袋を持ってきた。
中へ銀貨を数え入れ、私へ差し出す。
受け取ると、ずっしりとした重みが手に伝わった。
人生で初めて、異世界のお金を手にした瞬間だった。
「また何かございましたら、ぜひお越しください」
店主は丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございました」
私も深く頭を下げ、店を後にした。
外へ出ると、夜の街は相変わらず賑わっていた。
革袋の中で銀貨が小さく触れ合う音がする。その音を聞くだけで、不思議と安心できた。
少なくとも、今夜食べる物と寝る場所には困らない。
兵士が言っていた。
『何とかなるものだ』その言葉は、本当だったのかもしれない。
宿を探さないと。
辺りを見回して歩き始めると、通りの角から元気な声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませー! 空き部屋ありますよー!」
声のする方を見る。
宿屋の前で、十代半ばくらいの女の子が両手を大きく振っていた。
栗色の髪を後ろで束ね、白いエプロン姿で満面の笑みを浮かべている。
「ご飯がおいしいよ! お風呂も沸いてるよ!」
元気いっぱいの呼び込みに、道行く人が笑いながら足を止めていた。
どこか親しみやすい雰囲気に、自然と肩の力が抜ける。
女の子は私に気付くと、ぱっと笑顔を向けた。
「お姉さん! お泊まりですか?」
私は宿の看板を見上げ、それから少女の笑顔を見た。
……ここにしよう。
そんな気持ちになっていた。




