質屋
兵士に教えられた地図をしっかりと握りしめ、私は城門の詰所を後にした。
外へ出ると、ひんやりとした夜風が頬を撫でる。
思わず足を止めた。
「……わぁ」
真っ暗な空には月が浮かび、星々が静かに瞬いている。
それなのに、街は眠っていなかった。
石畳の大通りには等間隔に街灯が立ち、橙色の光が道を照らしている。店先にはランタンが吊るされ、建物の窓からも温かな明かりが漏れていた。
まるでお祭りのようだった。
「焼きたてだよ!夕飯にどうだい!」
「できたての温かいスープがあるよ!」
威勢のいい声があちこちから聞こえてくる。
荷馬車がゆっくりと行き交い、人々は笑いながら買い物を楽しんでいる。仕事帰りらしい人、家族連れ、酒場へ向かう若者たち。
兵士が巡回している姿も見えた。
(夜なのに、すごく明るい)
日本なら商店街のような光景だ。
もちろん電気ではない。
街灯の先には、小さな透明の球体がはめ込まれており、その中で淡い暖色の光が揺れている。
炎のようにも見えるが、煙は出ていない。
魔道具なのだろうか。
私は思わず見上げながら歩いた。
露店の商品にも目を向ける。
果物らしき実。
焼き串。燻製肉。
木彫りの食器。
革袋。陶器。鉄鍋。
どれも機械で作られたような均一さはなく、一つひとつに職人の手仕事らしい温かみがある。
(文明で言えば……中世くらい?)
建物も石や木造が中心だ。
けれど、夜でも人が安心して歩けるほど街は明るく、想像していた「中世」とは少し違う。
魔法という存在が、文明の不足を補っているのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、特に人だかりができている露店が目に入った。
「腐らない、永遠に冷たい水だよ! 旅のお供に一杯どうだい!」
腐らない冷たい水?
思わず近づく。
屋台の前には大きな木樽が置かれ、若い女性が短い杖を握っていた。
杖の先には青い宝石。
女性がサッと杖を振ると、淡い水色の光が集まり、空中から澄み切った水が流れ出す。
さらさらと木樽へ注がれる水は、まるで見えない泉が空中にあるようだった。
「二つお願い」
「はいよ」
女性は革袋へ水を満たし、代金を受け取る。
「……すごい」
思わず声が漏れた。
(水魔法だ)
本当に魔法がある世界なんだ。
こうして仕事として、人々の暮らしを支えている。
兵士が言っていた『支援系は数が少ない。使い方次第では十分食っていける』
言葉の意味が分かった気がした。
火を起こす魔法。水を生み出す魔法。
物を運ぶ魔法。畑を耕す魔法。
きっと、この世界では魔法そのものが一つの職業なのだ。
(《地球所有》も……)
本当に色々な物を取り寄せられるなら。
それなりの仕事ができるかもしれない。
私は気持ちを切り替え、再び歩き出した。
分かりやすい地図のおかげで迷うことはない。
(そういえば地図も、看板の文字も自然に理解出来てる。
日本語でも英語でもないのに)
不思議に思いながらも、こんなファンタジーのような出来事の前では、今さら文字が読めるくらいで驚く気にもなれなかった
大通りをしばらく進むと、一軒の大きな建物が見えてきた。
入口には剣と天秤を組み合わせたような紋章。
その下には木製の看板が掲げられている。
『国営質預所』
夜だというのに、建物の中には明かりが灯っている。
兵士が紹介してくれた店だけあって、夜でも対応してくれるらしい。
私は小さく深呼吸をし、扉へ手を掛けた。
ぎい、と音を立てて扉が開く。
店内は外の賑わいとは対照的に落ち着いた空気だった。
頑丈な木製のカウンター。
壁際には棚が並び、武器や装飾品、陶器などが丁寧に並べられている。
受付には四十代ほどの男性が帳簿を開いて座っていた。
私に気付くと、穏やかに微笑む。
「いらっしゃいませ。買取でしょうか、それとも質預かりでしょうか。」
私は兵士から受け取った紹介状を胸の前で握り直し、一歩、店の奥へと足を踏み入れた。




