巻き込まれ
兵士に促され、硬い木の椅子へ腰を下ろす。
机を挟んで座る年配の兵士。
「まず確認します。これは罪人を取り調べるためではありません。身元が確認できない方には、事情を聞く決まりになっています」
穏やかな口調だった。
少しだけ肩の力が抜ける。
「名前は?」
「チキ……です」
「姓は?」
私は首を横に振った。
「ありません」
兵士は紙に何かを書き留める。
「では、どうして身分札を持っていないのですか」
私は迷った。
ここで嘘を重ねても、きっとすぐに矛盾が出る。
この世界のことを何も知らないのだから。
「……信じてもらえないかもしれません」
「話してください」
私はゆっくりと息を吸った。
「歩いていたら、急に地面が光ったんです」
兵士の表情が変わる。
「気が付いたら森の中に立っていました。正直、ここがどこの国なのかも分かりません」
部屋が静まり返った。
やっぱりこんな話、信じてもらえるはずが――
「転移事故か」
年配の兵士がぽつりと呟いた。
私は思わず顔を上げる。
「おい、検査機を」
「はい」
若い兵士は棚から手のひらほどの透明な板を取り出した。
魔法陣のような模様が刻まれている。
「両手をこちらへ乗せて下さい」
恐る恐る手を乗せる。
板が淡く青白く光った。
やがて光が私の体を包み、すぐに消える。
若い兵士は板を見つめ、小さく頷いた。
「残っています」
「どの程度だ?」
「かなり高位の残痕です。しかも本人が発動したものではありません」
年配の兵士は腕を組んだ。
「巻き込まれか」
私は思わず尋ねた。
「あの……こういうことは、よくあるんですか?」
兵士は頷く。
「滅多にはありませんが。
高位の転移魔法や召喚魔法に第三者が巻き込まれる事故は、過去にも記録があります」
この世界では『事故』として認識されている出来事らしい。
少なくとも、頭のおかしい人間だとは思われていない。
それだけで胸をなで下ろした。
「さて。取り敢えず臨時の身分札の発行が必要だな」
年配の兵士は机の上の書類を整えながら言った。
「出身地は?」
私は少し迷ったが、本当のことを言う事にした。
「……日本です、小さな島国です」
「島国?」
兵士が顔を上げる。
「はい。海に囲まれた、小さな国です」
「……聞いたことがないですね」
若い兵士が首を傾げる。
年配の兵士も地図を思い浮かべるように目を細めた。
「西の群島か……いや、違うか?」
「申し訳ありません。私もこちらの地理は分からなくて……」
「ふむ」
兵士は深く頷いた。
「世界は広い。我々が把握している国など一部に過ぎん。
海の向こうには交流のない島国もあると聞くしな」
若い兵士も納得したように頷く。
「商人でも一生行かない土地は珍しくありませんからね。」
どうやら、この世界にも未知の土地は存在するらしい。
「では、出身は『東方の島国』として記録しておこう。」
年配の兵士はそう言って書類へペンを走らせた。
私は小さく頭を下げた。
「ありがとうございます。」
年配の兵士は話を戻した。
「身分札はこれでよいとして。転移してきたとなると、これからどうするかだが」
「……お金がありません。荷物もほとんどありません。
泊まる場所も分からなくて」
無い無い尽くしで、自分で言っていて情けなくなる。
兵士は困ったように息を吐いた。
「なるほど……転移事故の被害者には最低限の保証はある。ただし、国も慈善事業ではない。過分は出せん」
「はい」
それは当然だと思う。
「何か仕事につけそうなスキルはあるか?」
私は少しだけ迷う。
《地球所有》のことは話せない。
私自身、まだ詳しく把握出来ていないから何があるか分からない。
「魔法なら……少し」
「ほう?」
「物を取り寄せるような、提供系の魔法です」
嘘ではない。
ただ、本当の規模を隠しただけだ。
兵士の目が瞬く。
「珍しいですね」
若い兵士も興味深そうに私を見る。
「戦闘向きではありませんけど……」
「いや提供、支援系は数が少ない」
年配の兵士は顎に手を当てる。
「使い方次第では十分食っていける」
そう言われても実感はない。
私は何も答えられなかった。
「これなら話は早い」
兵士は机の引き出しから紙を一枚取り出し、さらさらと何かを書き始めた。
「城門近くに国が扱っている質屋がある。提供の品で有益な物があれば適切な値で買い取ってくれる」
紙を書き終えると、私へ差し出した。
簡単な地図と店の名前が記されている。
「まずはここへ行きなさい」
私は紙を両手で受け取った。
「……ありがとうございます」
「今後の生活についても、随時相談を受け付ける」
年配の兵士は小さく笑う。
「転移に巻き込まれたのは運が悪かった。だが、生きてここまで辿り着いた。それなら何とかなるものだ」
その言葉を聞いた瞬間、張りつめていた糸が少しだけ緩んだ気がした。




