質屋
手に入れた身分証と地図を握りしめ、城門の詰所を後にした。
外へ出ると、ひんやりとした夜風が頬を撫でる。
夜空には大きな満月が輝き、地球よりも沢山の星が明るく輝いている。
石畳の大通りには等間隔に街灯が立ち、青い光が道を照らしている。店先にはランタンが吊るされ、建物の窓からも温かな明かりが漏れていた。
まるでお祭りのようだった。
「焼きたてだよ!夕飯にどうだい!」
「できたての温かいスープだよ!」
威勢のいい声があちこちから聞こえてくる。
荷馬車がゆっくりと行き交い、人々は笑いながら買い物を楽しんでいる。仕事帰りらしい人、家族連れ、酒場へ向かう若者たち。
兵士が巡回している姿も見えた。
(夜なのに、すごく明るい)
日本の商店街みたいだ。
歩きながら、店先の商品にも目を向ける。
果物らしき実。焼き串。燻製肉。木彫りの食器。革袋。陶器。鉄鍋。
どれも機械で作られたような均一さはなく、一つひとつに職人の手仕事らしい温かみがある。
(文明で言えば……中世くらい?)
建物もレンガと木造の組み合わせだ。
けれど、夜でも人が安心して歩けるほど街は明るく、想像する「中世」とは少し違う。
魔法という存在が、文明の不足を補っているのかもしれない。
道は分かりやすく、地図のおかげで迷うことはない。
(あ、そういえば地図も、看板の文字も自然に理解出来る。日本語でも英語でもないのに)
しばらく進むと、目当ての建物が見えてきた。
入口には剣と天秤を組み合わせたような紋章の看板。
『国営質預所』
小さく音を立てる扉を開く。
頑丈な木製のカウンター。
壁際には棚が並び、武器や装飾品、陶器などが丁寧に並べられている。
受付には四十代ほどの男性が帳簿を開いて座っていた。
振り向き、穏やかに微笑む。
「いらっしゃいませ」
私は兵士から受け取った紹介状を差し出した。
店主は一読すると、小さく頷く。
「転移事故の被害者の方ですね。事情は承知しました」
緊張が少し和らぐ。
「あの、この国ではどういう物が高く売れるんでしょうか」
店主は少し考えてから答えた。
「そうですね。一番高価なのは魔道具や希少鉱石ですが、それが持ち込まれることはほとんどありません」
「へえ」
「日常的な品で言えば、保存の利く食料、良質な布、丈夫な道具、それから——容器ですね」
「容器?」
「ええ。旅人も商人も必ず使いますので。水筒、保存瓶、小箱。質の良い容器はいくらあっても困りません」
なるほど。
【所有物の取り寄せ】で自宅に備蓄していた未開封の水のペットボトルを10本を背中のリュックへ移す。
何事もなかったようにリュックへ手を入れ、カウンターにペットボトルを10本並べる。
「……これは」
店主が目を丸くする。
「水筒です」
店主は慎重に持ち上げ、手触りを確かめる。
逆さにしたり、明かりに透かしたり。
「こんな容器、見たことがありません。しかも軽い」
店主は驚いたように呟く。
「それでいて丈夫そうだ」
独り言のような感想が次々と漏れる。やがて店主は顔を上げた。
「中身は水ですか?」
「そうです」
「なるほど……」
店主は何度も頷いた。
「査定ですが……」
店主は紙にペンを走らせる。
「状態は新品の未開封」
「はい」
「加工精度も極めて高い」しばらく悩み「銀貨十二枚でいかがでしょう」
正直、妥当な金額が分からない。表情に出たのだろう。
店主は苦笑した。
「かなり頑張った金額です。一般家庭の月収の1/3ほどかと」
私は驚いて目を見開いた。そうなると銀貨一枚で一万円くらいか?
「それでお願いします」
店主は頷き、奥から革袋を持ってきた。中へ銀貨を数え入れ、私へ差し出す。
受け取ると、ずっしりとした重みが手に伝わった。銀貨十二枚。
「また何かございましたら、ぜひお越しください」
外へ出ると、夜の街は相変わらず賑わっていた。
宿を探さないと。
辺りを見回して歩き始めると、通りの角から元気な声が聞こえてきた。
「お姉さん、どうですかーー空き部屋ありますよーー!」
見ると、宿屋の前で女の子が両手を大きく振っていた。
栗色の髪を後ろで束ね、白いエプロン姿で満面の笑みを浮かべこちらを見ている。
「ご飯おいしいですよ!お風呂も沸いてまーーす!」
そのまま女の子に案内されるまま中へ入る。
磨かれた床板に、梁の見える高い天井。 お洒落なペンションのようだ。
夕食時ということもあり、美味しそうな香りが流れてくる。受付には、優しそうな女性が立っていた。
「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」
「はい。一人なんですが、空いていますか?」
「もちろんです。何泊なさいますか?」
少し考える。
お金を手に入れたとはいえ、この世界のことはまだ何も知らない。宿を転々とするより、まずは腰を落ち着けて情報を集めたい。
「三泊でお願いします」
「承知しました。朝食と夕食付きで、銀貨三枚になります」
(三泊ご飯付きで銀貨三枚……良かった、生活には困らなさそう)
支払うと金属製の腕輪を差し出された。
「二階の一番奥、二〇七号室です。お風呂場はあちらの奥にありますので」
腕輪をまじまじと眺める。
「これは何ですか?」
「あ、これは魔法鍵です。登録された部屋しか開きませんし、宿の外へ持ち出されても、一定時間で魔力が切れて使えなくなるんです。失くしても悪用されませんから安心なんですよ」
「へぇ……」
(魔法すごい)
「夕食は食堂でどうぞ。お風呂は昼から夜までのご利用となっております」
「分かりました、ありがとうございます」
部屋番号を確認し、二〇七号室の扉に腕輪を扉へ近づける。カチリと小さな音がして扉を開く。
「わぁ……」
想像していたよりずっと清潔な部屋だった。
木製のベッドには真っ白なシーツが敷かれ、小さな机と椅子、金庫まで置かれている。窓には厚手のカーテンが掛かり、洗面台も備え付けられていた。
とりあえずお風呂に入りたい。
自宅アパートから、木綿のワンピース下着タオルを取り寄せ、リュックに詰め廊下に出る。腕輪を扉へ施錠する。
お風呂はそれぞれ八畳ほどの、脱衣所、洗い場、湯船で。数人いるお客さんの見様見真似で入浴を終えた。
「さっぱりした」
風呂を出ると漂ってくる香ばしい匂いに誘われ、食堂へ足を踏み入れる。中は多くの宿泊客で賑わっていた。
木製の長机がいくつも並び、旅人や商人、冒険者らしき人たちが楽しそうに食事をしている。香ばしく焼けた肉の匂いが空腹を刺激した。
空いている席を見つけ、腰を下ろす。
すかさず料理が乗った木のお盆を持った少年がこちらへ歩いてくる。
「どうぞ、本日のナッカレ鶏の丸焼きです!」
宿の前で呼び込みをしていた女の子によく似ている。違うのは髪の長さくらいだ。
驚いて見つめていると、少年は首を傾げた。
「あ、えっと……宿の前にいた女の子と似てるなって」
「ああ、姉ちゃんね。双子なんだ!」
なるほど。
「姉ちゃんは客引き担当!俺は食堂担当!」
誇らしげに胸を張る姿に思わず笑ってしまう。
「何かあったら呼んでね!」
そう言って少年は。
大きな木皿には、こんがりと焼き色の付いた厚切りの肉が一塊。こぶし大のイモが二つ。
木の器には、青い葉野菜がたっぷり入った湯気の立つスープ。
「いただきます。」
まずはお肉を。ナイフを入れると予想以上に柔らかく、肉汁が溢れる。
噛むたびに旨味の塩味が口いっぱいに広がった。
「美味しい」
続いてイモ。スープ。美味しい。美味しいけど……全部、塩味。日本なら胡椒や醤油、味噌、コンソメ、砂糖、めんつゆ……っていかんいかん。
異世界でお風呂に入って、温かい食事が食べられるだけでも十分ありがたいのだ。
食堂を出て、部屋へ戻る。
取り寄せで歯ブラシと歯磨き粉、水のペットボトルを取り出して歯を磨いた。
ベッドへ横たわり、足元の布を身体に巻きつけるとそのまますぐに深い眠りへと落ちていった。




