なめてました
お疲れ様会の開催が決まると、その知らせは瞬く間に町中へ広まった。
護衛たちは巡回先で、技術者たちは工房や建設現場で、商人たちは店先で、口々に伝えて回る。
「三日後の夕方、広場でお疲れ様会を開きます」
「ぜひご家族やお友達とどうぞ!チキ様から町の皆さんへの感謝を込めた宴です」
「肉も海鮮も食べ放題! お腹を空かせて来てくださいね!」
その話は人から人へと伝わり、町は開催前からちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
そして迎えた当日。
夕暮れの広場には、大勢の人々が続々と集まってきた。
運河工事に携わった技術者たち、日々チキを支えてくれた護衛たち、その家族。そして町の人々。
広場には長机がずらりと並べられ、その中央には大きな鉄板型の魔道具がいくつも設置されていた。
チキは集まった皆の前へ一歩進み、小さく頭を下げた。
「皆さん、いつも助けていただき本当に感謝しています。今日は美味しいものを沢山用意しました。遠慮しないで、お腹いっぱい食べてください!」
「「「おおおおおっ!!」」」
歓声と拍手が広場に響く。
「それでは焼き始めましょうか」
レオン先生の合図で、助手たちが手際よく鉄板型の魔道具へ肉や海鮮を乗せていく。
ジュウゥゥッ――。
火属性の魔石で熱せられ、香ばしい匂いが辺り一面に広がる。
「いい匂い!」
「おおっ!美味そう!」
肉が焼き上がるのを待つ間、一人一人に液体入りの器が配られていく。
「これは?」
スケさんが器を持ち上げ、中を覗き込んだ。
茶色い液体からは、初めて感じる甘辛い匂いが漂っている。
「チキ様、これは何ですか?」
「これはお肉につける『焼肉のタレ』です」
チキがそう説明すると、周囲から不思議そうな声が上がった。
「タレって何だ?」
「塩じゃなくて?」
「こんな液体につけて食べるなんて、初めて聞いたな」
この世界では、焼いた肉は岩塩を振って食べるのが一般的だった。やがて鉄板の上で焼けた石垣牛を、チキが一枚取り分ける。
「こうやって」
焼きたての牛肉を茶色いタレへ軽くくぐらせ、そのまま口へ運ぶ。
「ん~~! 美味しい!!」
思わず頬が緩むチキを見て、スケさんも恐る恐る同じように肉をタレへつけ、一口かじった。
「……っ!?」
目を見開いた。
「う、うまい!!」
その叫びを聞いた周囲の人たちも、一斉に肉をタレへつけ始める。
「何だこの味は!?」 「肉汁と合わさって、ものすごく美味い!」 「塩とはまた全然違うぞ!」 「甘い……いや、香ばしい! これは止まらん!」
あちこちで歓声が上がり、焼き上がった肉は瞬く間に皿から消えていく。
「チキ様! このタレ、最高です!」 「これを考えた人は天才だ!」
初めて味わう"焼肉のタレ"は、町の人々の心をあっという間につかんでしまった。
宴は、その後も大いに盛り上がる。
鉄板の上では、肉だけではない。
プリプリのエビ、カニ、肉厚のホタテ、香ばしく焼けるイカ。 さらに玉ねぎ、ピーマン、ナス、かぼちゃ、とうもろこしなど、色とりどりの野菜が次々と並べられていく。
「この野菜、焼くとこんなに甘くなるのか!」 「貝が柔らかい!」 「エビも最高だ!」
肉とはまた違った美味しさに、人々は次々と手を伸ばす。
鉄板のあちこちから立ち上る湯気と香ばしい匂い。 笑い声は途切れることがない。
やがて、広場の一角から湯気が勢いよく立ち上った。
「豚骨ラーメン出来ました!」
大鍋いっぱいに作られた白濁したスープへ、茹で上がった麺が次々と入れられていく。
「何だ、この白いスープは?」 「すごい香りだな」
興味津々の人々へ器が配られる。
「熱いうちにどうぞ」
恐る恐るスープを一口飲んだ瞬間。
「……うまい!」
あちこちで歓声が上がった。
「こんな濃厚なスープは初めてだ!」 「麺ってこんな風にも食べれるのか!」 「腹一杯なのに、いくらでも食べられる!」
夢中になって麺を頬張り、最後の一滴まで飲み干す人も少なくなかった。
食後には、大皿いっぱいの果物が並べられる。
赤く熟したブドウ、みずみずしい桃、甘いメロン、宝石のようなサクランボ。
「なんて甘さだ……」 「お菓子みたいだ」 「こんな果物、食べたことがない!」
幸せそうな笑顔が広場いっぱいに広がっていく。
その様子を眺めながら、チキはレオン先生とメロンを食べる。
「鉄板の魔道具、大成功でしたね」
「ええ。火力も均一でしたし、大人数でも十分に対応できました。皆さんにも好評で良かったです」
レオン先生は満足そうに頷く。
「この果物も信じられないくらい甘いですね」
チキはレオン先生と、果物を頬張りながらそんな話をしていた。そこへカクさんが近づいてきた。
「チキ様」
隣にはカクさんの奥さんと、その腰にへばり付いたまだ小さなお子さん達。
「今日は本当にありがとうございました。どれも大変美味しくて……家族みんなで、楽しく頂きました」
カクさんはそう言って、深々と頭を下げる。
その隣では、奥さんと子どもたちもぺこりと頭を下げた。
「お肉、美味しかった!!」 「らーめんも美味しかった! 全部!」
「ふふっ、良かった。いっぱい食べてくれてありがとう」
チキが笑うと、子どもたちは嬉しそうに頷く。
その姿を見た周囲の人たちも、次々と声を掛けてくる。
「本当にご馳走様でした!」 「全部、信じられないくらい美味しかったです!」 「ありがとうございます、チキ様。とても楽しかったです!」 「家族みんなでお腹いっぱいです」 「最高のお祭りでした!」
あちこちから感謝の言葉が飛び交い、チキは思わず照れくさくて笑った。
「皆さんに喜んでもらえて、本当に良かったです。またやりましょう」
皆が沸く中、カクさんの奥さんが少し遠慮がちに尋ねる。
「チキ様、あの焼肉のタレなんですが」
「はい?」
「もし可能であればなんですけど、作り方を教えて頂いたりとかは……?」
チキは少し考えた。
「えーっと……」
たしか醤油がベースで、砂糖やニンニク、それに林檎や香辛料なんかも入っていたはずだ……多分。そもそも、この世界に醤油なんてあるんだろうか。
「ちょっと材料とか作り方、調べときますね」
あまり深く考えず、チキは軽く答えた。
「本当ですか!」
「はい」
「ありがとうございます、チキ様!」
奥さんが嬉しそうに頭を下げる。
「いえいえ、美味しかったなら良かったです」
このときのチキは、まだ知らなかった。
焼肉のタレというものが思っていた以上に奥深く、再現するのがほぼ不可能に近いということを。




