ほんの心ばかりの
少し時間が戻って日本に鉱山が出現した経緯です
少し時間が戻って日本に鉱山が出現した経緯です
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調味料の本を手に入れた日の夕方、私は護衛のカクさんを伴って、彼の家を訪ねた。
町の拡張に合わせて建てられた宿舎。家族で暮らす人には、庭付きの独立した住居が用意されている。
カクさんの家も、その中の一軒だった。
「おーい、ナンナ。いるか?」
カクさんが声をかける。
「はーい?」
扉が開き、奥さんのナンナさんが顔を出す。
「まぁ、タナカ様。こんにちは」
「こんにちは、ナンナさん。今日はこれを持ってきたんです」
私は抱えていた本を差し出した。
「あっ、もしかして?」
「はい。調味料について書かれた本です」
ナンナさんの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます。どうぞお上がりください」
「では、お邪魔します」
靴を脱いで中へ入る。子どもたちは外に遊びに出ているらしく、家の中は静かだった。
開け放たれた窓から、心地よい風が吹き抜けていく。
「風が気持ちいいですね」
「はい。この家、本当に過ごしやすくて」
ナンナさんが嬉しそうに笑う。
「前に住んでいたところは、もっと狭くて日当たりもよくなかったんです。でも、ここは充分な広さがあって本当に快適で」
「それはよかったです」
「はい。何より、家族みんなでゆっくり過ごせるようになったのが嬉しくて。こんな家を用意していただいて、本当にありがとうございます」
そう言って、ナンナさんが頭を下げる。
「いえいえ」
私は慌てて手を振った。
「皆さんが快適に暮らせて私も嬉しいです」
穏やかな風が、室内を静かに通り抜けていく。
その光景を見ていると、これからも頑張ろうと思えた。
「それで、これなんですけど」
「はい」
差し出した本を、ナンナさんが受け取る。
もちろん、ナンナさんは日本語を読めない。
「ええと、まず基本になるのが醤油なんですよね」
「しょーゆ」
「はい。大豆という豆から作る調味料で」
「豆から」
「はい。豆を蒸して、麹を使って、発酵させて」
「……まぁ」
「……菌を使って、美味しくするんですけど」
説明している私自身、どんどん覚束なくなってきた。
隣ではカクさんも本を覗き込み、首を傾げる。
「なるほど。さっぱり分かりませんな」
「ですよね……」
ページをめくる。味噌、酢、みりん。
どれも素人が簡単に作れるものではない。
「……思っていたより難しいですね」
「……はい」
私とナンナさんは顔を見合わせ、途方に暮れた。
カクさんの家をおいとました私は、来た道をゆっくりと歩いていた。
「うーん……」
頭の中は、色んなことでいっぱいだった。
隣には護衛のカクさんが歩幅を合わせて付いてくれる。
調味料を一から作るのは難しい。かといって日本で購入する為の資金もない。スキルを使い、取り寄せる事も出来るだろうがそんな泥棒みたいな真似はしたくない。
どうしよう。
何か、この世界のものを地球へ持っていって売るとかできないかな。
「何か、価値のあるもの……」
考えながら歩いていると、不意に足元へ目が止まった。
「……ん?」
道端に、見慣れない石が転がっている。何気なく拾い上げる。
「綺麗」
透明感のある石の中に、淡い青色の筋が走っている。角度を変えると、夕日を反射してきらりと輝いた。
「わぁ」
こんなに綺麗なのに、道端に放置されてるの?
周囲を見回すと少し先にも、似たような石がゴロゴロ転がっていた。
「あの、カクさん」
「ん? どうしました、タナカ様」
「この石、綺麗ですね」
夕日に掲げるとカクさんは「ああ」と頷いた。
「そうですね」
「ですよね」
嬉しくなったところで、私は続けて尋ねた。
「何かに使えないんですかね」
「何かとは?」
「装飾とか……身につけるものに」
カクさんは石を眺め、それから少し考えるように顎へ手を当てた。
「まあ、使おうと思えば使えなくはないでしょうね」
「じゃあ――」
「ですが」
カクさんは少し困ったように笑った。
「そこまでの価値があるかどうか」
「え?」
「ちょっと、こちらへ」
そう言うと、カクさんは整備された道を外れた。
「え、どこへ?」
「すぐそこです」
木々の間を抜け、少し歩く。すると――。
「……え?」
目の前に、巨大な岩山が現れた。
夕日に照らされた岩肌は、赤や青、緑や白と、様々な色が混じり合っている。
まるで宝石をそのまま山にしたような光景だった。
「これは……」
私は手の中の石を見た。そして、もう一度岩山を見る。
「この石、もしかして……」
「ええ」
カクさんが頷く。
「その岩山の一部です」
「…………」
足元にも岩山の斜面にも、似たような石がいくらでも転がっていた。
「この国では、特に珍しいものではありません。こうした岩山は、あちこちにありますから」
「じゃあ……価値も?」
「ありませんな」
カクさんは岩山を見上げる。
「掘ればいくらでも出てきますから」
「いくらでも……」
「装飾品にすることもできますが、わざわざこれを使いたいという女性も、そう多くはないでしょう」
「……そうなんだ」
私は手の中の石を見つめた。
地球なら、こんなものが道端に転がっていたら大騒ぎになりそうなのに。
「特別な鉱石というわけでもないんですか?」
「ええ。見た目は綺麗ですが、魔力を蓄えるわけでも、特別な性質があるわけでもありません」
そう言って、カクさんは肩をすくめた。
「まぁただの、ありふれたものですよ」
「……」
夕日に照らされ輝く岩山を眺めているうちに、ふと頭に浮かんだ。
――これ、日本への輸出品に使えないかな。
地球なら、なにか使い道があるかもしれない。
コンビニで購入して読んだ新聞を思い出す。
最近は、私のせいで日本中が大騒ぎになっている。
迷惑をかけてしまっていることを考えると、申し訳なくなってくる。
日本は資源が乏しい。
こちらではありふれたものでも、向こうでは役に立つかもしれないし。
そう思った私は、岩山に手を向け《地球所有》の一時置き場へ収納する。
目の前にあった巨大な岩山が、跡形もなく消える。
カクさんが固まる。
「……タナカ様?」
「あ、すみません。ちょっと持っていこうと思って」
「は、あ……」
カクさんは、何度か瞬きをした。
私はそんなカクさんを横目に、満足して頷く。
これで、日本から調味料を買うための資金が作れるかもしれない。
それに……少しでもお詫びになればいいな。




