地球Side刑事
その後も、端末は不可解な移動を繰り返した。
石垣島。北海道。福岡県。山梨県。
通信記録に淡々と表示される地名を前に、捜査員たちは言葉を失う。
黒崎は追跡を打ち切り、警視庁へ引き返すよう指示した。
この状況では、現地へ飛んでも意味がない。今、優先すべきは情報の整理だった。
会議室へ戻ると、大型モニターにはリアルタイムの通信記録が映し出されている。
通信履歴によれば、それぞれの場所で約三十分間滞在したあと、突然、数百キロ離れた別の場所へ現れる。
事実であれば、あまりにも現実離れした移動速度だった。
そして――山梨県を最後に、通信はそのまま途絶えた。
会議室を重い沈黙が包む。
誰も、その通信履歴を説明できなかった。
数時間後。
石垣島、北海道、福岡県、山梨県。
各県警が回収した防犯カメラ映像が、次々と警視庁へ送られてきた。
最初に映し出されたのは石垣島。石垣牛を扱う精肉店だった。
帽子を被ったTシャツにチノパン姿の女性が店内をゆっくりと見て回り、ショーケースの前で店員と笑顔で言葉を交わしている。
やがて、次々と石垣牛を選び始めた。
解析担当が映像を一時停止し、映像から切り出した静止画像が、大型モニターに映し出される。
「顔認証一致、歩容解析一致。田中愛子さん本人で間違いありません」
その報告に、室内のざわめきが静かに収まる。
捜査員たちは表情を引き締め、一斉に大型モニターへ視線を向けた。
映像が再生される。
画面の中の田中愛子に不自然な様子はない。
周囲を警戒する素振りすら見せず、観光客のように買い物を楽しんでいた。
異常なのは、購入する量だった。
石垣牛の塊肉を一つ、また一つと選び、店員は台車へ積み上げていく。その数は、明らかに家庭用の買い物ではなかった。
「何十人分だ?これ」
誰かが思わず呟く。
量が多過ぎて購入した品の半分も台車に乗り切れない。
すると映像の中で、会計を終えた田中愛子が店員へ何かを告げた。
「止めてくれ」
黒崎の声で映像が停止する。
「何と言ってる?」
「音声を増幅します」
解析担当が操作すると、小さな声が拾われた。
『一旦、置きにいきますので、少し待っていてください』
映像が再開される。
手伝おうとする店員をやんわりと断り、田中愛子は一人店の外へ出ると、人気のない建物の裏へ台車と共に歩いていく。
外の防犯カメラへ切り替わる。
「……止めてくれ」
黒崎の低い声が響いた。
解析担当がコマ送りに切り替える。
建物の陰へ入った、その瞬間だった。田中愛子の足元から淡い白い光が広がった。そして
「……消えた」
誰かが息を呑む。そこには、誰もいなかった。
さらに十数秒後。
同じ場所に再び白い光が浮かび上がり、田中愛子が何事もなかったように姿を現した。
その両手には、空の台車があった。
店へ戻ると、店員から残りの石垣牛を受け取り、同じように建物の陰へ消え――。
空の台車を店員に返した後、三度消え失せた。
静まり返る会議室。
解析担当が静かに口を開く。
「複数の防犯カメラで同一現象を確認しました。撮影角度の異なる映像でも、結果は一致しています」
解析担当の指が素早くキーボードを走る。
「これについては、更に不可解な事があります」
「なんだ」
黒崎が低く問う。
「これは石垣島で田中愛子さんが消えた時刻です」
画面には石垣島の防犯カメラ映像。
右上の時刻表示が拡大される。
十五時二十八分十四秒。
「そしてこれが、北海道の路地の防犯カメラの映像です」
隣のモニターへ映像が切り替わる。
人気のない路地裏。
画面右上の時刻表示は――十五時二十八分十四秒。
「一致しているんです」
解析担当が映像を再生した。
誰もいない北海道の路地に、淡い白い光が広がる。
複雑に絡み合う幾何学模様、その中心に、田中愛子が姿を現した。
「……っ」
会議室のあちこちから息を呑む音が漏れる。
田中愛子は何事もなかったように歩き出し、そのまま市場へと歩いていった。
黒崎は画面の中で歩き去る田中愛子の背中を、ただ黙って見つめていた。




