安全第一
運河が完成したあとも、レオン先生の仕事は終わらない。
技術者たちと共に空飛ぶ魔道具で運河沿いを隅々まで巡回し、護岸のひび割れや地盤の沈下、海水の流れ、漏水の有無まで一つ一つ確認していく。
私もその隣でスケさんカクさんと共に静かに見守った。
半日かけた総点検で、軽微な不備は一つ残らず修整された。レオン先生はようやく安堵したように息を吐き、司令官へ報告した。
「運河が完成しました。安全性も確認し、問題はありません」
砦の司令官はゆっくりと私たちの前へ歩み出た。
そして深く頭を下げる。
「チキ殿、レオン殿。砦を預かる司令官として、心より礼を申し上げる。この運河は、この国を守る揺るぎない防壁となる。本当に感謝する」
歴戦の将である司令官が頭を下げたことで、その場にいた副官や兵士たちも、一斉に敬礼した。
レオン先生は、軽く一礼すると穏やかに口を開いた。
「お言葉、ありがとうございます。しかし、これで終わりではありません。これから重要なのは、この国境を少ない負担で、長期間にわたり守り続けることです」
そう言うと、レオン先生は護衛が運んできた木箱を開け、中から様々な形の魔道具を次々と机の上へ並べていく。
「こちらは巡回監視魔道具です。あらかじめ指定した経路を自律飛行し、上空から国境を監視します」
手のひらほどの円盤型の魔道具が、ふわりと浮かび上がる。鳥ほどの大きさしかないそれは、風の魔石を動力に静かに飛び続け、あらかじめ指定した経路を自動で巡回する。
「敵影や異常を感知すると、砦へ信号を送ります。昼夜を問わず飛ばせるので、見張りの負担は大きく減るでしょう」
実際に飛び立った魔道具は、運河の上を滑るように飛び、国境線に沿って一直線に消えていく。
「これは侵入者感知魔道具。運河や国境線を越えた者を自動で検知し、砦へ警報を送ります。内蔵する拘束魔法が、侵入者を確認すると自動で展開し、兵が到着するまで行動を封じます」
細長い杭のような魔道具が大量に並ぶ。
続いて手のひら大のガラス板のような魔道具を手に取る。
「そして、これが長距離通信魔道具です。見張りと砦を結び、異変があれば瞬時に情報を共有できます」
次々と説明される魔道具に、皆息を呑んだ。
「これほどの魔道具たちを……」
「運河だけでは防衛は完成しません。監視、警戒、通信、そして初動対応。これらを魔道具で補えれば、兵士の負担を大幅に軽減できます。広大な国境であっても、少ない兵力で十分な防衛力を維持できるでしょう」
司令官は並べられた魔道具を見渡し、ゆっくりと頷いた。
「……運河だけでなく、その先まで見据えておられたのですな」
「技術とは、人を楽にするためにあります。守るべき人々が安心して暮らせる国を築くことこそ、私たち技術者の役目ですから」
その言葉の通りレオン先生が用意していた魔道具は、防衛用だけではなかった。
荷物を自動で運ぶ搬送魔道具。
大量の飲み水を冷たいまま保管できる保冷庫。
負傷兵を素早く運ぶ浮遊担架。
夜間でも昼のように周囲を照らす照明灯。
さらに、寝室には冷暖房魔道具まで設置された。
「砂漠の夜は冷え込みますから。兵士の皆さんの体調管理も立派な防衛です」
レオン先生が穏やかに説明すると、砦の兵士たちは顔を見合わせた。
「こんな快適な仕事場、王都にもないぞ……」
誰かの呟きに、あちこちから苦笑が漏れる。
戦うためだけの場所だった国境の砦は、わずか数日のうちに、兵士たちが安心して任務に就ける最新の防衛拠点へと生まれ変わっていた。
レオン先生は穏やかに微笑む。
「兵士の皆さんが安心して任務に就けることが何よりです。今後も改良点が見つかれば、遠慮なくご連絡ください」
司令官は力強く頷いた。
「必ずや、この国境は我らが守り抜いてみせます」
私は砦を見渡した。
昨日まで砂漠しかなかった場所には、青く輝く巨大な運河が横たわり、その上空では見張り用の飛行魔道具が静かに巡回している。
兵士たちの表情も、どこか違って見えた。
「それでは、私たちは王都へ報告へ戻ります」
「はい。陛下にも、工事が無事完了したと……その成果は我らの想定を遥かに超えるものであったと、ご報告申し上げてください」
司令官たちに見送られ、私たちは砦の外へ出る。
待機していた空飛ぶマンションへ乗り込むと、レオン先生が操縦用の魔道具へ魔力を流した。
低い駆動音とともに巨大な建物がゆっくりと浮かび上がる。
「チキ殿!」「レオン殿!」「ありがとうございました!」「技術者さんもありがとう!!」
あちこちから感謝の声が飛び交い、兵士たちの大歓声が砦中に響き渡る。
空飛ぶマンションは高度を上げ、そのまま王都へ向けて飛び立った。




