Side砦の副官
砂漠を見下ろす砦の城壁には、司令官をはじめ、私を含む幹部や兵士たちが集まっていた。
【砂漠に人工運河を建設する】
あまりに荒唐無稽な話。笑い話にすらならない。
だが城壁の先、運河予定地の起点では、レオン殿とチキ殿が最終図面を前に、真剣な表情で顔を突き合わせていた。
その周囲では、技術者たちが測量板や設計図を片手に持ち場を巡り、最後の確認を終えた者からレオン殿へ合図を送っていた。
レオン殿は一つ一つ確認するように頷き、やがて技術者たちが後方へ退く。
その動きには一切の無駄がなかった。
そのさらに外側では、二十名ほどの護衛たちが警戒線を築き、上空では飛行魔道具がゆっくりと旋回しながら最終確認を行っている。
やがて、上空から魔道具を操る技術者の声が魔導通信でこちらにも届いた。
「予定区域内、人影なし。家畜、魔物ともに確認されません。安全確認、完了しました」
報告を受けたレオン殿は静かに頷き、周囲を見渡す。
技術者たちは既に後方へ退避しており、護衛たちも十分な距離まで下がる。
広大な砂漠に残ったのは、レオン殿とチキ殿の二人だけだった。
私たちは固唾をのんで見守り、司令官も腕を組んだまま一言も発しない。
レオン殿の隣で、チキ殿が静かに腕を振る、次の瞬間だった。
砂漠が、沈んだ。
「……は?」
轟音を響かせ、目の前の砂が信じられない勢いで消え始めたのだ。
まるで巨大な見えない器で、一帯の砂を根こそぎすくい上げているようだった。
全長三十六キロ、幅三キロ、深さ六十メートル。
遥か彼方まで続く一直線。
砂は舞い上がることも崩れることもなく、ただ静かに消えていく。
残されたのは、巨大な谷だった。
「……」
喉が乾き、声が出なかった。
あれほど広大な砂漠が、ものの数十秒で姿を変えてしまった。
レオン殿がチキ殿の顔を、案ずるように覗き込む。
それにチキ殿は頷き返し、レオンも小さく頷く。
そのままチキ殿は巨大な谷の上空へと両手をかざし、直後、上空に無数の魔法陣のような光が広がり――ゴォォォォォォォッ!!
世界が揺れた。
「~~っ!~~~~!!」
轟音で自分の声が聞こえない。
見渡す限りの空間に、一斉に水が出現した。 滝のような生易しい量ではない。
空そのものが海へと変わったかのように、視界を埋め尽くす膨大な水が轟音とともに落下していく。
無数の激流が谷へ流れ込み、瞬く間に一つの濁流となる。 大地は震え、砦の石壁までもが微かに揺れた。
私は呆然と、その光景を見つめ続ける。ここには果てしない砂漠しかなかった。
それが今、巨大な国境運河へと変わっていく。
私はようやく理解した。
陛下が親書に「あらゆる協力を惜しむな」と一言添えられた理由を。
これは、魔法でも奇跡でもない。 国家の常識そのものを書き換える力だった。




