レオン無双
二日後。
飛行魔道具による上空観測と地上での測量を終えたレオン先生は、砦の会議室に皆を集めた。
砦の司令官、副官、役人たち。
長机の上には、地図、測量結果、地質調査の報告書、魔力観測記録が何層にも積み重ねられている。
技術者たちは資料を手際よく配り、最後の確認を終えて持ち場へ下がった
レオン先生は一枚の大きな地図を広げると、静かに口を開いた。
「計測はすべて終了しました。結論から申し上げます」
細い指が、国境線に沿って一本の線をなぞる。
「チキさんの能力で運河を建設することは可能です。ただし、安全かついずれ水路として運用するためには、いくつか条件があります」
司令官が腕を組む。
「聞こう」
「まず、この地域は一見すると平坦な砂漠ですが、実際には高低差が存在します。最高地点と最低地点で約四十七メートル。海水は低い場所へ流れますから、途中で勾配が不足すると流速が落ち、堆砂が発生します」
レオン先生は別の図面へ差し替えた。
断面図には高低差と水深が細かく記されている。
「そこで、最も自然勾配が安定するルートを選定しました。多少蛇行しますが、維持管理を考えるとこちらが最適です」
私は感心して地図を覗き込む。
「真っ直ぐじゃないんですね」
「ええ。距離だけを優先すると、将来的に浚渫工事が必要になります。最初から自然の地形を利用した方が、長期的な負担は大幅に減ります」
司令官も静かに頷いた。
「続けてくれ」
「はい。全長およそ三十六キロ、運河の幅は約三キロ。水深は平均六十メートルを推奨します」
その数字に、部屋中にどよめきが広がる。
レオン先生は次々と資料を差し替えながら、淡々と説明を続けた。
「飛行魔道具による上空観測のおかげで、地上からでは把握できない砂丘の起伏や岩盤の露出位置が確認できました。また、隊商や巡回部隊が利用する移動経路、周辺集落もすべて記録済みです」
さらに数枚の航空図を机へ並べた。
「実際の施工時も同様に上空から最終確認を行います。人員、家畜、隊商が範囲内に存在しないことを確認した後、チキさんに能力を発動していただきます。安全確認は最後まで徹底します」
「それなら巻き込まれる者はおらんな」
「はい。それが最優先です」
レオン先生は一枚の記録板を手に取る。
「ただし、砂丘の移動速度には地域差があります。特に西側は季節風の影響が強く、運河完成後も飛砂が継続的に流入する可能性があります。この区間は護岸を高めに築き、砂の流入を抑える設計が望ましいでしょう」
先生は続いて別の記録板を取り上げた。
部屋は静まり返っていた。
机いっぱいに積み上げられた資料の一枚一枚が、この二日間の観測と計測、そして緻密な計算の積み重ねを物語っている。
レオン先生は眼鏡を静かに押し上げ、締めくくった。
「以上が調査結果です。技術的な問題はすべて解消したと判断しました。安全確認が完了次第、国境線に沿って全長およそ三十六キロ、三キロ幅の海水運河を、いつでも建設を開始できます」
説明を聞き終えた司令官は、静かに腕を組んだまま資料へ視線を落とした。
国王陛下の勅命書で――隣国への備えとして国境の砂漠に人工運河を建設するという計画自体は知らされていた。
しかし、正気を疑った。
砂漠に運河を造るなど、国家総出で百年を費やしても成し遂げられるか分からない大事業だ。
それを、一人の女性の力で実現するという。
到底、信じられる話ではなかった。
だからこそ司令官は、この二日間の測量にも立ち会い、上空からの観測にも同行した。
荒唐無稽な計画なら、その場で切り捨てるつもりだった。
だが、目の前に積み上げられた膨大な資料。
地形、地質、勾配、安全対策――。
すべてが綿密な調査と計算に基づいて組み立てられ、感情ではなく数字で実現性を示していた。
司令官はゆっくりと息を吐く。
視線の先には、地図上、国境を貫く一本の青い線。
こいつら、本気で運河を作ろうとしてやがる。




