すみません
王城で国王陛下から直々に依頼を受けた私は、その日のうちにレオン先生と共に町へ戻ってきた。 魔導列車を使えば、一刻もかからない。
だが、目的地である隣国との国境は違う。
現在、魔導列車の路線はそこまで延びておらず、一番近い駅から馬車を休みなく走らせても十日はかかるらしい。しかも道中には山岳地帯や荒野が続き、移動だけで疲労困憊だという。
「さすがに嫌だ……」
私が地図を見ながらぼやくと、レオン先生は腕を組んで考え込んだ
「新しく発見した浮遊属性の魔石――ターコイズを巧く使えばもしくは……」
「ターコイズ?」
「ええ。この魔石を浮遊術式に組み込めば、対象を空へ浮かせられます。しかも、この術式は重さの影響をほとんど受けません」
「なるほど、馬車を浮かせるんですか」
「いえ。浮かせるなら車輪は要りませんから、馬車である必要はないかと」
戦になる可能性もある以上、移動は最大限急ぎたい。しかも、護衛は二十人近くになる。食料や荷物も積まなければならず、全員が何日も窮屈な空間で過ごすのは現実的ではない。
「もう家を浮かせればいいんじゃないですか?」
面倒くさくなった私の一言に、レオン先生の動きがぴたりと止まる。
「……家、ですか?」
「はい。護衛二十人、荷物、食料、寝室、台所……道中で済ませるより、最初からあるほうが早いですよ」
レオン先生はしばらく黙り込み、ぶつぶつと計算を始めた。
「ターコイズの浮遊術式なら重量は問題になりません。むしろ広いほうが術式も安定する……」
そして、顔を上げる。
「……いいですね。それでいきましょう」
「え、本当に?」
「はい。建てたばかりで、まだ入居者のいない賃貸マンションがありましたね。あれなら大幅な変更も可能です」
こうして急遽「空飛ぶ移動拠点・五階建てマンション」が誕生した。
浮遊には、新たに発見された浮遊属性の魔石・ターコイズを使用。そして前へ進む推進力には、風属性の魔石・ラピスラズリを組み込む。
理論は完成していた。
だが、実際に飛ばすとなると話は別だった。
「右へ流れます!」
「ラピスラズリ三番を弱めて! 左舷の出力を上げてください!」
「高度が下がっています!」
レオン先生と技術者たちは、昼夜を問わず制御術式の調整に追われた。
浮かせるだけなら簡単。
しかし巨大な建物を安定して飛ばし、進行方向を自在に操るのは想像以上に難しかったのだ。
それでも幾度もの試験飛行を経て、ついに実用化に成功する。
施行から二日後。
私はレオン先生と技術者さん十名、護衛二十名と共に空飛ぶ賃貸マンションへ乗り込み、そのまま国境へ向けて飛び立った。
操縦室という名の最上階ではレオン先生たちが進路や高度の調整に大忙しだった一方、私はというと、移動中は部屋で本を読んだり、お昼寝をしたり、景色を眺めたりと、のんびり快適な空の旅を満喫していた。
本来なら馬車で十日はかかる道のりだ。
しかし、空を一直線に飛ぶなら、山も森も川も関係ない。
私たちは最短距離を進み続け、わずか二日で国境へたどり着いた。
窓の外へ目を向けると、見渡す限りの砂漠の中、巨大な建造物が姿を現す。
岩山のようにどっしりと構えた国境砦だった。
幾重にも築かれた高い石壁の内側には建物や小屋が立ち並び、広大な訓練場では大勢の兵士たちが動き回っている。その規模は町一つが丸ごと収まってしまいそうなくらい大きい。
「大きい……」
思わず窓から身を乗り出す。
あれだけの兵士がいるなんて、さすが国境だ。何千人はいる。そんなことを考えていると、砦の様子が急に慌ただしくなった。
「あれ?」
見張り台にいた兵士がこちらを指差し、大きく何かを叫んでいる。
次の瞬間、砦のあちこちで人が走り始めた。
「わっ、すごい騒ぎになってる」
兵士たちが武器を持って城壁へ集まり、役人らしき人たちも建物から次々と飛び出してくる。
かすかに警報のような音も聞こえる。
広場で作業していた人たちまで手を止め、みんな一斉に空を見上げていた。
「……そりゃそうだよね」
遠目にも、口を開けたまま固まっている人や、何やら怒鳴っている人もいる。
「完全にパニックだ……」
マンションはゆっくりと高度を下げていく。
下では、数千人もの兵士と役人たちが、まるで空から城でも降ってくるかのような表情で、私たちを見上げ続けていた。
(お騒がせして)すみません




