地球Side研究者(アメリカ)
アメリカ・ワシントンD.C.。
アメリカ地質調査所(USGS)の地球化学研究部門。
主任研究員エドワード・ミラーのもとへ、日本の国立研究所から厳重に封印された国際輸送箱が届いた。
外箱には赤字で大きく記されている。
CONFIDENTIAL Research Sample Enclosed
(機密情報 研究サンプル同封)
「……サンプル入りか」
ミラーは驚きながらも、同封書類へ目を通す。
守秘義務契約に基づく極秘提供。
第三者への開示禁止。
使用後は返却、もしくは証明書付きで廃棄。
そして最後の一文。
『分析結果に疑義がある場合は、貴機関にて独立した分析をお願いいたします。』
「物々しいにも程があるな」
苦笑しながらケースを開く。
中には何重にも緩衝材で保護された小さな密閉容器。
その底に、ティースプーン一杯にも満たない茶色い土が入っていた。
「これだけか」
同僚のジョンが横から覗き込む。
「貴重なんだろう」
「まあ、未知の試料ならそうだろうけどさ」
そして、もう一つ分厚い分析報告書。
ミラーは先にそちらを開いた。
ページをめくる。
元素分析。
鉱物組成。
電子顕微鏡。
X線回折。
同位体比。
年代測定。
どれも日本を代表する分析機器で実施されている。
だが、結果を読んだ瞬間、あまりにも常識外れな内容に思わず乾いた笑いが漏れた。
「冗談だろ」
既知鉱物、一致なし。
結晶構造、一致なし。
同位体比、既知データベース一致なし。
年代測定、測定法ごとに数百万年から数十億年。
最後の結論。
Origin Unknown.
起源不明。
同じく目を通したジョンも肩をすくめた。
「ここまでくるとSFだ」
「いや、SFの方がまだ理屈を付ける」
「つまり?」
「理屈すら書けなかったんだよ、日本の連中は」
二人は顔を見合わせた。
どちらも欠片も信じていない顔をしていた。
だが同時に、日本の国立研究所が、こんな稚拙な捏造をするとも思えなかった。
「……調べよう」
ミラーは容器を持ち上げた。
「結果が間違っていることを証明すればいい」
数時間後。
電子顕微鏡の前で、ミラーはモニターを見つめたまま動けなかった。
「……どういう事だ」
検索結果。
No Match Found
(一致するものが見つかりませんでした)
日本の報告書と、まったく同じ文字が表示されていた。
培養開始から四日後。
微生物研究室から、ミラーの内線が鳴った。
「主任、少しお時間をいただけますか。できればジョンも一緒に。」
声色がいつもと違う。
ミラーはジョンと顔を見合わせ、そのまま微生物研究室へ向かった。
部屋へ入ると、研究員たちがモニターを囲み、興奮を隠せない様子で議論していた。
ミラーが近づくと、一人の研究員が振り返る。
「結果が出ました」
「何か見つかったのか?」
研究員は頷いたが、その表情は驚きと好奇心に満ちていた。
「土壌中から多数の細菌を分離することに成功しました。ですが問題があります」
「問題?」
研究員は画面を切り替えた。
世界中の細菌データベース。
検索結果。
No Match Found
「……新種ということか!!」
ジョンが興奮のままに尋ねる。
研究員は苦笑しながら答えた。
「その可能性が最も高いです」
研究員は一瞬だけ言葉を呑んで続けた。
「……現時点で確認できているだけでも、二十七種類です」
部屋の空気が止まる。
ジョンが思わず聞き返した。
「二十七種類……?」
「はい」
研究員はゆっくり頷いた。
「確認した株は、すべてが既知種と一致しませんでした」
誰も声を出さない。
静まり返った研究室には、培養装置の駆動音だけが響いている。
ようやくジョンが口を開いた。
「そんなことがあり得るのか……」
「通常ならあり得ません」
研究員は即座に答えた。
「未知の細菌が一種類見つかるだけでも論文になります。二種類でも世界的なニュースです」
そして、小さく息を吸った。
「ですが、この土には、それが二十種類以上存在しています。しかも、その二十種類は互いに共生関係を形成しています」
ミラーは腕を組んだままモニターを見つめる。
「この土壌には、地球上で一度も報告されたことのない細菌群が、生態系として存在しています」
その一言で、部屋中の研究者が息をのんだ。
ジョンは信じられないという表情のまま呟く。
「鉱物だけじゃなかったのか……」
「ええ」
研究員も頷く。
「鉱物も未知。結晶構造も未知。同位体比も未知。そして微生物まで未知です」
ミラーは思わず笑ってしまった。
もちろん、おかしくて笑ったのではない。
興奮が限界を超えた時に出る、科学者特有の笑いだった。
「誰がこんな報告書を信じる?」
部屋の誰も答えない。
ミラーはギラついた眼を試料容器へ視線を向けた。
ティースプーン一杯にも満たない土。
その中に、未知の鉱物があり、未知の結晶があり、未知の微生物が生きている。
一週間後、すべての分析が終了した。
分厚い報告書が机の上に積み重なっている。
ミラーは深く息を吐き、日本国立研究所への返信を送る。
『貴研究所の分析結果を、当所でも再現いたしました。
現時点において、本試料の起源を説明可能な科学的根拠は確認できません。
追加分析を実施するため、追加サンプルの提供をご検討いただけますようお願い申し上げます。
最優先案件として分析を実施いたします』




