表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移したら、地球を所有してました。その裏で、地球では大騒動が始まっていた。  作者: りどみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/55

地球Side研究者

 三週間前、警視庁から送付されてきた土壌サンプルが全てのはじまりだった。


 それは、ごくありふれた鑑定依頼だった。

 採取場所は、ある失踪事件のアパート。 容器には「靴底付着土壌」とだけ記されていた。


 受付は分析部へ回した。

 土壌鑑定は珍しい業務ではない。

 粒径、鉱物組成、花粉、微生物相、含有元素――複数の特徴を照合すれば、採取環境をかなりの精度で推定できる。


 最初に異変へ気付いたのは、鉱物分析担当だった。


「主任、少々よろしいでしょうか」

「何かあったか?」

「この回折パターンなんですが」


 主任はモニターを覗き込み、しばらく無言になった。


「……校正は?」

「分析前に実施済みです」

「標準試料は正常だったか?」

「すべて規定値内です」

「測定をやり直して試してくれ」

「すでに三回やりました。同一結果です」


 主任は少し考え、続ける。


「別装置は」

「第二分析室でも確認しました。再現しています」


 その一言で、部屋の空気が変わった。

 分析装置の誤差ではない。サンプルそのものが、異常なのだ。


 午後になると、元素分析の結果も届いた。


「元素組成は?」

「既知元素のみです」

「未知元素は含まれていない?」

「はい」


 主任はわずかに安堵した。


「なら説明は――

「できません」


 報告した研究員は即座に否定した。


「構成元素は既知ですが、この結晶構造は既知の熱力学では安定しません」

「……つまり?」

「現在の鉱物学では存在し得ない鉱物です」


 部屋が静まり返る。


「……解析条件を疑え」

「分析条件はすべて変更しました」

「試料汚染は?」

「否定済みです」

「サンプルの取り違え」

「搬入から現在まで、保管履歴に問題はありません」


 主任は腕を組んだ。


「電子顕微鏡は」

「すでに予約済みです」

「ラマン分光」

「現在解析中です」

「透過電子顕微鏡も追加してくれ」

「直ちに手配します」


 翌日、結果はすべて一致した。

 装置が変わっても、分析法、担当者が変わっても。

 導き出される結論だけは変わらない。

 既存の鉱物データベースに一致なし。


 今度は微生物分析班から連絡が入った。


「主任」

「今度は何だ」

「細菌が登録されている種と一致しません」

「新種か?」

「その可能性があります」


 研究員は泣き笑いのような顔で告げた。


「確認できただけでも二十種類以上です」

「……は?」

「全部、新種です」


 主任は言葉を失った。


「……そんな事が、あるわけが」


 分析室には重苦しい沈黙が流れる。

 もし、この土が日本国内で採取されたものなら。


 それは土壌学だけでなく、鉱物学、地質学、微生物学──あらゆる分野の教科書を書き換える発見になる。


 やがて主任は受話器を取り上げた。


「受付か?警視庁に追加サンプルの有無を確認して、あれば至急送るように手配してくれ」

 主任が静かに言うと、若い研究員が驚いた。


「まだ結論も出ていないのに、ですか?」

「だからだ」

 主任は資料から目を離さず続けた。


「この試料は、一つ解析するだけでも論文が何本書けるか分からん。鉱物学、地質学、微生物学、結晶学……今現在でも少なくとも四つの分野に影響する。

 この量では到底足りない」


 主任の声には力が籠もっていた。


「分析を進めるたびに試料は失われる。再現性を確認するには、追加サンプルが絶対に必要だ」













 翌日の昼過ぎ、臨時の検討会が開かれた。

 会議室には各分野の研究者が集められた。


「諸君の見解を聞きたい」

 主任が得られた資料データを前に告げる。


 一人が口を開いた。


「率直に申し上げます。私は三十年以上この分野に携わってきましたが、このような試料は初めて見ました。未知鉱物という言葉で片付けるのは簡単ですが、このサンプルには未知の結晶相が多すぎます。一つの新鉱物を発見したという話では済まないのです」


 そう口火を切った教授に、別の研究員が続ける。


「私も同感です。しかも微生物分析の結果まで異常です。既知種との一致率が極端に低い菌が複数確認されています。もし解析が正しければ、この土壌は鉱物学だけでなく微生物学にも大きな影響を与えます」



 議論は二時間続いた。

 だが誰一人として、矛盾なく説明できる仮説を提示できない

 現時点では解析不能な未知の土。






 部屋に沈黙が流れる。

 やがて主任が、静かに口を開いた。


「……困惑しているのは私も同じだ。しかし、それ以上に研究者として興味を抑えられない。このサンプルは、未知の環境を示している可能性が高い。国内の未調査地域なのか、極めて特殊な地質環境なのか。

 それとも私たちの前提そのものが間違っているのか、現時点では何一つ断定できない」


 そして資料を閉じる。


「だが、一つだけ断言できる事がある」


 主任の眼差しが鋭く光る。


「この数グラムの土は、私たちがこれまで分析してきた何万という試料の、どれとも違う。もし追加サンプルが入手できるのであれば、私は今抱えている研究をすべて後回しにしてでも解析したい。それほどまでに価値のある試料だ」


 部屋の誰も異論を唱えなかった。

 通じない常識に困惑していた。

 それでも研究者たちの胸には、戸惑いよりも強い感情が芽生えていた。


 未知を知りたい。

 その欲求だけは、その場にいる全員が共有していた。













 二日後、主任の机に一本の電話が入った。


「警視庁鑑識課です。追加サンプルの件でご連絡しました」


 思わず身を乗り出す主任。


「採取時に保存していた分を、そのままお送りします」


 主任は歓喜した。


「ありがとうございます。それで、採取地点についても確認したいのですが」

「あぁ、はい」

「現場には、いつ立ち入れますか」


 一瞬の沈黙。

 電話口の刑事が少し申し訳なさそうな声になる。


「……申し訳ありません。現場はすでに清掃されています」

「……え?」

「失踪事件の現場ではありますが、一般の賃貸アパートです。鑑識作業終了後、管理会社へ引き渡され、清掃業者が入りました」


 主任の表情が固まる。


「つまり……あの土壌は」

「鑑識が採取・保管した分以外は、処分されたことになります」

「……そんな」


 受話器を持つ手から、力が抜ける。

 電話を切ったあと、主任はしばらく動かなかった。


「主任?」


 若い研究員が恐る恐る声を掛ける。

 主任はゆっくりと顔を上げ、小さく息を吐いた。


「もしその現場が、この土壌の唯一の採取地点だったとしたら……」


 誰も口を挟めない。


「私たちは、世界で最も価値のある試料を、掃除機に吸わせてしまったのかもしれない」


 分析室は、水を打ったように静まり返った。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ