地球Side日本政府
東京・内閣官房。
危機管理担当の参事官補佐・佐藤は、朝から届く報告書を機械的に仕分けていた。
災害。外交。感染症。サイバー攻撃。
毎日、数え切れないほどの案件が机へ積み上がる。
「次です」
秘書官から資料を受け取り、表紙をめくる。
警察庁から送られてきた『土壌サンプル分析に関する情報共有』
「……土?」
思わず声が出る。
捜査現場から採取された土が、国内の研究機関では特定できず、アメリカへ追加解析を依頼したという内容だった。
(この忙しい時に、土って……)
多少の呆れを感じながら、一応最後まで目を通す。
"既知の鉱物と一致せず"
"組成不明"
"継続調査中"
確かに気になる文言ではある。
だが、今すぐ政府が動くような話には思えなかった。
佐藤は報告書の右上に赤ペンで小さく書き込む。
『経過観察』
そのまま「科学技術関連」のファイルへ綴じ、次の資料を手に取る。
「次は台風進路か……」
彼の意識は、もうこの事から離れていた。
この時の佐藤は、これが数日後に官邸全体を揺るがす案件になるとは想像もしていなかった。
始まりはアメリカの研究機関から追加サンプルの提供依頼だった。だが、その日の午後にはイギリス、ドイツ、フランス。さらにカナダ、オーストラリア、スイスと、問い合わせは時間を追うごとに増えていく。
どの機関も口をそろえるように、土壌サンプルの提供と採取地点の詳細を求めてきた。やがて、その窓口は研究機関同士のやり取りだけでは収まらなくなる。
各国大使館を通じた照会。 政府間での情報提供要請。 外務省にも同じ案件が次々と持ち込まれた。
そこで初めて、日本政府は異変に気付く。
世界中が、何かを求めて日本へ目を向けている。
その「何か」が何なのか。
それでも、この件が一研究機関だけで扱う案件ではないことだけは明らかだった。
その認識は、瞬く間に官邸へと広がっていった。
その日の夕方。
官邸地下の危機管理室には、普段にはない空気が流れていた。各省庁から担当者が集まり、机の上には大量の資料が置かれている。
『土壌サンプルに関する海外照会状況』
問い合わせ件数――三十七件。
その半数以上が各国の国立研究機関だった。
「これだけなら、まだ研究者同士が騒いでいるだけともいえます。問題は、こちらです」
外務省の担当者が一枚の資料を配る。差出人の一覧だった。
そこには大学だけではない名前が並んでいた。
各国政府機関。
国立地質調査所。
資源管理機関。
外交ルートを通じた照会。さらには、駐日大使館からの面会要請まで含まれている。
部屋が静まり返る。
「……外交ルートですか」
「はい」
「研究者同士で済む話ではない、と」
外務省の担当者は静かにうなずいた。
「少なくとも、相手国はそう判断しています」
危機管理室長は腕を組んだまま資料を見つめていた。
世界中から一斉に届いている協力要請。その事実が異様だった。
会議室の扉が静かに開いた。秘書官が足早に入ってくる。
「失礼します」
全員の視線が集まる。
「ただいま、アメリカ大使館から正式な面会要請が届きました」
一瞬、部屋の空気が止まった。
「……大使館から?」
「はい。本件について、可能な限り早く政府間で協議したいとのことです」
危機管理室長は、しばらく無言のまま目を閉じていたが、静かに口を開く。
「これは、我々だけでは抱えきれない」
その声には、これまでとは明らかに違う重さがあった。
「官房長官へ報告する」
誰も異論を挟まなかった。ここへ集まった全員が、同じことを考えていた。
世界各国が、自国の外交ルートを使ってまで求めるほどの何かが、日本国内に存在している。
少なくとも各国は、そう確信している。
その認識が共有された瞬間、この件は一つの科学調査ではなく、日本政府が対応すべき国家案件へと姿を変えた。




