なんか凄い
レオン先生へ数種類の魔石を提供してから、数週間が経った。
授業のたびに聞く研究報告は毎回新しい発見ばかりのようで、レオン先生は目を輝かせながら熱く語ってくれた。
「本当に驚きました。魔石の純度がこれほど術式の完成度に影響していたとは……。これまで理論が間違っていると思っていた実験の多くが、実は魔石の品質不足だったのです」
机の上には、何十枚もの実験記録が積まれている。
「こちらを見てください。赤い魔石では火炎術式の効率が大幅に向上しました。青い魔石は水属性の魔法陣を驚くほど安定させます。緑の魔石は植物系の魔法との相性が抜群です」
先生は一枚一枚、嬉しそうに資料をめくっていく。
「以前は高価な魔石を無駄にできず、一つの実験をするにも何日も悩んでいました。しかし今は違います。仮説を思いつけばすぐ試せる。失敗しても、それを踏まえてやり直せる。この数週間だけで、ここ数十年分の成果が得られました」
嬉しそうに語られるのに、こちらも嬉しくなる。
「先生、ひとついいですか?」
「何でしょう?」
「魔石の呼び方です」
「呼び方?」
私は机の上に並ぶ魔石を指差した。
「赤い魔石とか青い魔石って呼ぶより、名前で呼んだほうが分かりやすいと思うんです」
先生は首を傾げる。
「名前、ですか?魔石は魔石なんですが……」
「私の地元では、それぞれ名前が付いているんですよ」
私は赤い石を手に取った。
「これはルビー」
続いて青い石。
「これはサファイア」
緑。
「エメラルド」
紫。
「アメジスト」
最後に乳白色に七色の光を宿す石を持ち上げる。
「これはオパールです」
先生は何度か繰り返すように呟いた。
「ルビー……サファイア……エメラルド……アメジスト……オパール……」
そして、はっとしたように研究ノートを開く。
「これは、便利ですね。同じ属性でも品質や産地で分類が増えてくると、『赤い魔石』では記録が煩雑になります」
ペンを走らせながら、先生は満足そうに頷く。
「少なくともチキさんから提供いただいた魔石は、今日からこの名称を使わせていただきます。研究記録も書き直しましょう」
「いいんですか?」
「ええ。名前があるというのは研究において非常に重要です。共通の呼称があれば議論もしやすく、記録も整理できます」
先生は「ルビー」と書かれたページを眺め、嬉しそうに笑った。
「不思議です。ただ名前が付いただけなのに、まるで別の学問が始まったような気分です」
その日以降、私達の間では「赤い魔石」「青い魔石」という呼び方は姿を消し、「ルビー」「サファイア」「エメラルド」といった名前が、ごく自然に飛び交うようになっていった。
一週間後。
いつもの授業の前、レオン先生がひどく興奮した様子で切り出した。
「一つの結論が出たかもしれません。前回のより詳しいことが分かったんです、聞いて下さい」
慌ただしく机の上に資料を積み上げていく。
「まず、ルビーです。同じ魔法陣でも、一般的な魔石では魔力が途中で乱れ、出力が安定しません。ところが、あなたが提供してくださったルビーでは理論通りの魔力が最後まで流れ切るのです」
興奮した様子で次の資料を広げる。
「サファイアも素晴らしいです。水属性の魔法陣は長時間維持が難しいのですが、このサファイアでは消費魔力が明らかに減りました。術式そのものを見直すきっかけにもなっていくでしょう」
「エメラルドは植物系との親和性が極めて高く、成長促進の効果が従来品よりはるかに強い。アメジストは精神安定や集中力を高める術式との相性が抜群でした」
先生は静かに息を吐き、心から嬉しそうに笑った。
「研究者にとって、これほど恵まれた環境はありません。あなたのおかげで、長年行き詰まっていた研究が、一気に前へ進み始めたのです」
そこまで喜ばれると少し照れくさくなって、笑ってしまった。
「これまで魔石は高価すぎて、一つの仮説を試すだけでも何週間も資金を貯める必要がありました。しかし今は違います。失敗を恐れず検証できる」
先生は俯いて告げる。
「……私は何年も、資金不足を言い訳にしてきました。ですが違った。研究とは、仮説を立て、試し、失敗し、また試すものだったのです」
顔を上げた先生の目は、子供のように輝いていた。
「本当にありがとうございます。あなたのおかげで、私は今研究者として夢のような時間を過ごしています」




