どーぞ
それから私は週に三回、レオン先生から基礎を教わるようになった。
最初は呪文の読み方や魔力の流し方といった初歩ばかりだったが、それでも知識は着実に積み重なっていく。
算数しか知らなかった私が、数学を学び始めたような感覚だった。
慣れてくると授業中、少し雑談もするようになった。
その中で、彼はぽつりとこぼした。
「魔法具の研究は面白いんですけど……問題は、魔石なんですよ」
新しい術式を試すにも、魔力の流れを調べるにも魔石は欠かせない。
けれど、この国では採掘されず、ほとんどを輸入に頼っているため、負担が大きいのだという。
「もっと気軽に実験できれば、色々変わるんですが……」
その言葉を聞いて、私は少し考えた。
「……もし魔石を用意できたら、研究しているところを見せてもらえませんか?」
彼は驚いた顔をする。
「え?」
「私が魔石をレオン先生に提供します。魔法具がどう作られるのか、実際に見てみたいんです」
彼は半信半疑で苦笑いの表情を浮かべた。
「魔石は一つでもかなりの値段になります。研究で使う量となると、普通そう簡単に用意できるものではないですよ……」
私は少し迷った後、正直に言う事にした。
「えっと、それなら大丈夫です。私の地元にはゴロゴロあるので」
「……ゴロゴロ?」
「はい。珍しい石だと思っていたんですけど、結構たくさんあって」
もちろん、地球から取り寄せたなどの詳細なことは話すつもりはない。
「ははぁ……」
彼は全然信じていない顔をした。
無理もない。 この国では魔石は高い輸送費を払って運んでくる高級なものだ。
「実際に見てもらった方が早いですね」
私はそう言って立ち上がった。
「え?」
レオン先生が目を瞬かせる。
ポカンとする先生をよそに、私は部屋の隅へ向かった。
そこには貴重品を保管するための備え付け金庫がある。
そこに地球から取り寄せた宝石をいくつか入れていた。
ルビー。 エメラルド。 アメジスト。サファイア。
鍵を開け、中からそれらを取り出す。
「これです」
アパートで使っていた小物入れ(100均)に入れた宝石を差し出した瞬間。
レオン先生の動きが止まった。
「……」
「先生?」
「……少し、待ってください」
彼は震える手で小物入れを受け取った。
恐る恐るサファイアを手に取ると窓の光にかざし、角度を変え、じっと観察する。
その目は、研究者のものになっていた。
「これは……」
「魔石ですよね?」
確認するように尋ねる。
しかし先生は答えない。
しばらく沈黙した後、ようやく口を開いた。
「……これを、どこで?」
「地元です」
「……」
「私の地元には結構あるんです」
先生はもう一度、手の中のサファイアを見る。
「……ありえないくらい質が良いです。魔力の濁りもほとんどなく、これほど純度の高い魔石は王都の研究機関でも滅多に扱えないでしょう」
私も固まった。
「ちなみに……」
レオン先生が恐る恐る尋ねる。
「本当にこれらを提供いただけるんですか?」
「あ、はい」
「いくつほど?」
「えっと……」
暫し考える。でも、途中で面倒になってしまった。
「まぁたぶん、必要とされる分は無限に提供できます」
その瞬間、レオン先生は完全に黙り込んだ。
「……」
「先生?」
「……いえ」
何かを理解したように、ゆっくり頷く。
「正直……魔法研究者として、今日ほど衝撃を受けた日はありません」
全然納得していないような顔で小さく呟く先生。
「ええと……すみません?」
「謝らないでください」
先生は苦笑する。
「むしろ、こちらが感謝するべきでしょう。あなたの常識と、この国の常識が違いすぎることに」
そう言って、もう一度サファイアを見る。
「でも……もし本当に、継続的に提供いただけるのなら」
その目には研究者としての好奇心が、隠しきれないほど滲んでいた。
「この国の魔法研究は、数十年……いえ、百年単位で進歩する可能性があります」
私はまだ知らなかった。
この日、何気なく差し出した小さな小物入れが――この国の魔法史を大きく動かすきっかけになることを。




