知
それから私は、週に一度だけ国営質預所へ通うようになった。
ルビー。エメラルド。アクアマリン。トパーズ。アメジスト。オパール。
地球から取り寄せた様々な宝石の鉱物を、少しずつ査定してもらった。
結果は――すべて、魔石だった。
属性や品質に違いはあるものの、鑑定士はどれも迷うことなく質のよい魔石だと断言した。
(やっぱり……)
サファイアだけが特別だったわけではない。
地球の宝石は、この世界では魔石になるのだ。
夕食を終え、食後のお茶を飲んでいると、宿の主人がおまけの果実を手にやって来た。
「ん?なんだかずいぶん機嫌が良さそうだね」
「そう見えますか?」
「見えるとも。何かいいことでもあったのかい?」
私は曖昧に笑ってごまかした。
質屋での出来事を話すつもりはない。
だが、金銭的な不安がなくなった事で精神的な余裕が生まれたのは確かだ。
「あ、一つお聞きしてもいいですか?」
「何だい?」
「私、魔法や魔法具について、一から勉強したいんです。そういう場合って、どこへ行けば教えてもらえるんでしょうか」
主人は「ふむ」と腕を組み、少し考え込んだ。
「読み書きができるなら、本を買うのが一般的だな。それだけでもかなり学べる」
「本は何冊か読んだんですけど、その度に疑問も出てきて。教えてくれる人がいたら、その方が早い気がして」
「確かにな。最初は誰かに教わった方が理解も早い」
主人は何かを迷うように、眉を上げると、小さく笑った。
「……一人、ぴったりな奴がいる」
「え、本当ですか?」
「ああ。俺の弟なんだが」
「弟さん?」
「国公立の学校を出て魔道具の研究をしていてな。魔法の理論から魔法具の仕組みまで、知識だけなら町でも指折りだ」
「へぇ、すごいですね!」
「ああ。ただな……」
主人は苦笑しながら頭をかいた。
「研究に夢中で生活がからっきしなんだ。依頼を受けるより新しい魔道具を作ってる方が好きな性分でね。腕は一流なんだが、いつも研究費が足りないってぼやいてる奴だ」
なるほど。
腕はあるが、お金に困っている研究者か。
「家庭教師みたいなことは、引き受けてもらえるでしょうか?」
「報酬を払う気があるなら、むしろ喜ぶと思う。最近は研究費が底をつきかけてるらしいからな」
主人は苦笑しながら頷いた。
「明日にでも声を掛けてみる。都合が合えば、ここへ来て教える形でいいだろうか?」
「はい。ぜひお願いします」
知識は、この世界で生きていくための何よりの財産だ。
魔法。
魔法具。
そして魔石。
本を読むだけでは分からないことを、専門家から直接学べる機会が手に入りそうだ。
翌日の昼過ぎ。
部屋で買ってきた本を読んでいると、扉が軽く叩かれた。
「チキさん、いるかい?」
宿の主人の声だ。
「はい」
扉を開けると、主人の隣に一人の男性が立っていた。
二十代後半くらいだろうか。
癖のある茶髪は寝癖のようにあちこちへ跳ね、丸眼鏡の奥の垂れ目は眠そうに半分閉じている。
着ている白いローブにはインクや煤の染みがいくつも付き、革鞄からは設計図らしき紙束や金属製の道具が顔を覗かせていた。
「紹介するよ。昨日話した弟のレオンだ」
男性は軽く頭を下げた。
「レオンです。兄から話は聞きました」
落ち着いた声だった。
「私はチキです。よろしくお願いします」
挨拶を交わすと、主人が苦笑する。
「こいつ、朝まで研究してたらしくてな。こんななりですまん」
「余計なこと言わないでください」
レオンは気まずそうに眼鏡を押し上げた。
「実験の区切りが良くなくて……」
「その"区切り"ってやつで何日も寝食を忘れるから困るんだ」
「……反省してる」
口ではそう言うものの、あまりそうには見えない。
思わず笑みがこぼれた。
「それじゃ、あとは当人同士で話してくれ」
主人はそう言い残して階段を下りていく。
部屋には私とレオンだけが残った。
「兄から聞きました。魔法や魔法具について学びたい、と」
「はい。基礎から色々知りたくて」
レオンは少し驚いたように茶色い目を瞬かせる。
「珍しいですね。大抵皆さん、早く魔法を覚えたいとか魔道具を作りたいとか言うんですが」
「まぁそれも興味あるんですけど、色々知らないまま生活するのが不安なんです」
「ははぁなるほど」
彼は小さく頷いた。
「それなら、基礎から順番に進めましょう。魔力とは何か。魔法とは何か。そして魔道具はどういう理屈で動いているのか。そこを理解すれば、本を読んでも内容が頭に入りやすくなります」
説明は簡潔で分かりやすい。
報酬についても、レオンが望む額をそのまま了承する。
「どのような形でお支払いしましょう?」
そう切り出すと、レオンは少し困ったように笑った。
「出来ればですが、前払いの方が助かるんです……」
その表情だけで事情は察せられた。
やはり研究費に困っているらしい。
「では、それで構いません」
「え?」
「先に一か月分、お支払いします」
レオンは一瞬固まったあと、信じられないという顔で私を見つめた。
「……本当に、いいんですか?かなり高額ですよ?」
「はい。その代わり、しっかり教えてください」
彼は数秒黙っていたが、やがて真剣な表情で頭を下げた。
「分かりました。必ず期待に応えます」
こうして私は、この世界で最初の師を得ることになった。




