質屋へ
この二カ月ですっかり慣れた石畳の道を歩き、私は街の中央区画へ向かっていた。
目的地は、何度も通った建物。
木製の看板には、大きくこう刻まれている。
『国営質預所』
扉を開ける。
「いらっしゃいませ。買取でしょうか、それとも質預かりでしょうか」
すっかり顔なじみになった店員カータルさんが微笑んで迎えてくれる。
この二カ月、生活費はここで賄っていた。
私物の陶器の器やカットガラスのコップなど、地球ではありふれた日用品を少しずつ売ったのだ。
高価な品ではないが、この世界では十分価値があるらしく、予想より良い値で買い取ってもらえた。
「こんにちは」
「本日は何をお持ちですか?」
「これなんですけど」
私はリュックから取り出すふりをして、こぶし大のサファイア原石をカウンターへ置いた。
「……え?」
カータルさんの目が見開かれる。
「少々、お待ちください」
慌てた様子で奥へ引っ込み、ほどなくして白髪交じりの鑑定士を連れて戻ってきた。
鑑定士は手袋をはめ、原石を慎重に持ち上げる。
ルーペで覗き込み、なにやら魔道具らしき秤にそっと置いた。
淡い青い光が静かに灯る。
「魔石ですね」
鑑定士はゆっくりと頷いた。
「しかも、品質はかなり良好。最上級とまではいきませんが、上質な部類に入ります」
私は平静を装いながらも、内心では驚きを隠せなかった。
地球のサファイア原石。それが、この世界で魔石として鑑定されたのだ。
思いがけない発見に、胸が高鳴る。
「買取を、お願いします」
「かしこまりました」
鑑定士は改めて査定額を算出し、静かに口を開く。
「こちらの魔石でしたら、この金額で買い取りいたします」
提示された金額を見て、思わず目を丸くした。
(……すごい)
これまで売ってきた物のどれより高額だった。
「それでお願いします」
「ありがとうございます」
受け取ったずっしりとした革袋の重みが、今回の取引の価値を物語っていた。
歩く度に革袋の中で、銀貨が小さな音を立てる。
元手はゼロ。それなのに、これほどの大金を手に入れてしまった。
警戒心から思わず周囲を見回してしまう。
ふと、本の形の看板が目に入る。
「……魔石について書かれた本とか、あるかな」
興味を引かれた私は、そのまま店の中へ入る。
店内は思っていた以上に広かった。
壁一面の本棚には本が隙間なく並び、天井近くまでぎっしりと積み上げられている。革張りの分厚い本が多く、古い紙とインクの匂いが鼻をくすぐった。
「すごい……」
思わず小さく声が漏れる。
一番手前の一冊を手に取ってみると、ずしりとした重みが手に伝わった。
ページをめくる。
(紙、分厚いな)
一枚一枚が驚くほどしっかりしている。日本の画用紙ほどの厚みがある。表面は少しざらついていて、指先に繊維の感触が伝わってきた。
(これじゃ一冊が重くなるわけだ)
感心しながら本を棚へ戻し、近くで帳簿を書いていた年配の店主へ声をかける。
「あの、魔石について知りたいんですが、おすすめの本はありますか?」
店主は私を一瞥すると、少しだけ口元を緩めた。
「魔石ですか。お嬢さん、冒険者になったばかりですかな」
「そんなところです」
「でしたら、専門書よりこちらの方が分かりやすいでしょう」
店主は本棚の一角から、一冊の薄い本を取り出して差し出した。
表紙には、読みやすい文字でこう書かれている。
『冒険者入門 ~魔物・魔石・素材の基礎知識~』
魔物の簡単な挿絵まで描かれていて、いかにも初心者向けという印象だ。
(まさに欲しかった本だ)
「おいくらですか?」
「銀貨九枚です」
専門書ならもっと高いと思っていた私は、あっさり頷いた。
「買います」
「お買い上げありがとうございます」
店主は慣れた手つきで本を紙に包み、麻ひもで手際よく結んでくれた。
私は銀貨九枚を渡し、本を受け取る。
(宿に帰ったら、じっくり読もう)
魔石だけでなく、この世界の常識も載っているかもしれない。
思わぬ収穫に満足しながら、私は本屋を後にした。
夕暮れ前、宿の扉を開けると、ちょうど双子の姉弟が食堂を掃除していた。
「あ、チキさん!」
「おかえりなさい!」
二人は私の姿を見るなり、ぱっと笑顔になる。
「ただいま。これ、お土産」
紙袋を差し出すと、二人は目を丸くした。
「えっ、私たちに?」
「市場で見つけた焼き菓子。美味しかったから」
「わあ……!」
ナナが恐る恐る袋を受け取り、カイと顔を見合わせる。
「食べてもいい?」
「もちろん」
二人は一つずつ手に取り、小さくかじった。
「……おいしい!」
「中に干した果実が入ってる! 甘くてすっぱい!」
目を輝かせながら夢中で食べる二人を見て、笑みがこぼれる。
「こんなお菓子、久しぶり!」
「お母さんとお父さんにもあげよう!」
そう言って大事そうに残りを包み直す姿が微笑ましかった。
「ありがとう、チキさん!」
「また市場で面白いもの見つけたら教えてね!」
「うん。また見つけたら買ってくるよ」
二人は何度も「ありがとう」と頭を下げ、嬉しそうに焼き菓子を抱えて食堂の奥へ駆けていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は自然と頬が緩む。
――こういう何気ないやり取りが楽しい。
異世界での居場所が、また少しだけ増えたような気がした。
【魔石とは、魔物の体内で魔力が結晶化した鉱物である。
大きいほど魔力の保有量が多く、高値で取引される。
属性を持つ魔石はさらに価値が高い。
魔道具の動力源、魔法陣の触媒、薬品の材料など幅広く利用される】
「なるほど……ただの宝石じゃないんだ。」
ページをめくる。
【使い切った魔石は輝きを失い、ただの石になる】
「電池みたいなものか。」
さらに読み進める。
【高ランク魔物ほど高品質な魔石を落とすが、必ずしも魔石が得られるわけではない】
「だから需要があるのか」
本を読み進めるうちに、更に興味深い記述を見つけた。
【現在、王国内で魔石は産出されていない】
「えっ?」
思わず声が漏れる。
【王国内の魔素による魔物の変質と考えられるが、詳しいことはほとんど分かっていない】
「へぇ」
【流通している魔石のほとんどは、海を越えた諸国や大陸東部から輸入されたものである。
そのため価格は高く、戦乱や海路の封鎖が起これば供給は容易に途絶える】
「日本の石油みたいだな」
国内で採れない以上、魔石は貴重品になる。
(だから露店でもあんなに高価そうに扱われていたのか)
私は本を閉じ、目を閉じた。
地球の鉱物が全て魔石になり得るのだとしたら、この世界における私のアドバンテージは想像を遥かに超えるものになる。




