地球Side刑事
数日後。
捜査本部に鑑識から最終報告が届いた。
「結果が出ました」
刑事が資料を机に並べる。
「会社に提出された退職届、アパートに残されていた『探さないで下さい』というメモ。
筆跡鑑定の結果、どちらも田中愛子さん本人の直筆で間違いありません」
黒崎は静かに頷く。
「靴の件は」
「こちらも確認が取れています」
別の鑑識員が防犯カメラの画像を映し出した。
駅前、コンビニ、自宅付近。
それぞれの映像に映る田中愛子の足元が拡大される。
「映像に映っていたスニーカーと、室内に残された足跡の靴底パターン、サイズ、摩耗の特徴が一致しました。同一の靴と判断して差し支えありません」
黒崎が息をつく。
「つまり本人が履いていた靴ってことか」
「その可能性が極めて高いです」
そこまでは、すべて辻褄が合っていた。
しかし、鑑識員は一枚の写真を取り出し、表情を曇らせる。
「……ただ、一つだけ不可解な点があります」
黒崎が顔を上げた。
「何だ」
「室内の足跡です」
写真には、薬剤で浮かび上がった靴跡が写っている。
「足跡は室内から玄関へ向かうものだけでした」
「……だけ?」
「はい。玄関から室内へ入る足跡はありません。確認できたのは、室内から外へ向かう一方向の痕跡だけです」
会議室が静まり返る。
「この足跡だけを見るなら、田中愛子さんは部屋の中で靴を履いて玄関へ向かった。もしくは……」
黒崎は写真を見つめたまま呟く。
「……部屋の中に突然現れたみたいだな」
不可解な点はいくつも残された。
駅前で光に包まれて消えたという多数の目撃証言。
室内から玄関へ向かう一方向だけの足跡。
空っぽの部屋。
防犯カメラの死角からの行方不明。
説明のつかない違和感は最後まで消えなかった。
しかし、それらを裏付ける客観的な証拠は何一つ得られなかった。
駅前で消えた翌日の防犯カメラには、田中愛子本人が映っている。
退職届も「探さないで下さい」と書かれたメモも本人の直筆。
室内に残された足跡も、本人が履いていた靴と一致した。
そして、事件性を示す証拠は最後まで発見されなかった。
成人した人間が、自らの意思で生活を整理し、失踪した可能性が高い――。
その結論をもって、捜査本部は捜索を打ち切ることを決定した。
数日後。
その結果は、親族である叔母にも伝えられた。
「打ち切り? ちょっと待ってくださいよ!」
署の応接室に、叔母の甲高い声が響く。
「まだ見つかってないんでしょう? だったら探してくださいよ!」
対応した刑事は冷静に説明する。
「事件性を示す証拠は確認できませんでした。ご本人の意思による失踪と判断されました」
「そんなの納得できません!」
叔母は机を叩きそうな勢いで身を乗り出す。
「あの子には私しか身寄りがいないんですよ! 誰が家のことをするんですか! 買い物だって、重い荷物だって、あの子がいなくなったせいで全部私がやらなきゃいけなくなったんです!」
刑事は黙って聞いていた。
姪の身を案じる言葉は、一度も口にしなかった。
口をついて出るのは、自分の不便や不満ばかり。
応接室を出た後、佐伯は小さく息を吐く。
「……心配してるようには聞こえませんでしたね」
隣を歩く黒崎は短く答えた。
「人それぞれだ」
そう言いながらも、その表情は晴れなかった。
事件は終わった。
誰もが、そう思っていた。
だが――捜査打ち切りから三日後。
鑑識課から一本の電話が捜査一課へ入る。
「黒崎刑事はいらっしゃいますか。至急、お伝えしたいことがあります」
受話器を取った黒崎は、相手の声色が上擦っているのに気付いた。
「何か出たのか」
「……田中愛子さんの件です」
その一言で、黒崎の表情が変わる。
「靴跡から採取できた土壌を、念のため成分分析に回していたのですが……結果がおかしいんです」
「おかしい?」
「通常の土壌データベースと照合しましたが、一致しません」
「一致しない?」
「含まれている鉱物組成や微生物の一部が、既知のデータと合致しないんです。分析機器の故障も疑って再検査しましたが、結果は同じでした」
黒崎は思わず眉をひそめた。
「海外のものという可能性は」
「それも調べました。しかし、国内外を含めた比較でも一致しません」
一瞬、沈黙が流れる。
「……つまり」
鑑識員はゆっくりと言った。
「少なくとも、現在照合可能な土壌サンプルの中には存在しない土です」
受話器を握る黒崎の手に、自然と力が入る。
「今現在、サンプルをより専門的な分析機関へ送付する手続きを進めています」
「専門機関か」
「鉱物学や土壌学、微生物学など、それぞれの専門家による詳細な分析を依頼します。元素組成から微生物まで、あらゆる角度から調べてもらう予定です」
黒崎は窓の外に目をやる。
「結果が出るまでどれくらいかかる」
「数週間は見ていただくことになります。ただ……」
鑑識員は一度言葉を切る。
「ここまで既存データと一致しないケースは、私も見たことがありません」
事件性なしとして終わったはずの、謎多き失踪事件。
だが、一握りにも満たない土が、誰も想像しなかった真実への扉を開こうとしていた。
書きたかった所まで書けました
次回から異世界に視点が戻ります




