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金が命の【贅沢勇者】と命が金の【節約勇者】~100億の資産運用について~  作者: てっぺい


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第8話 井戸の底のデフレスパイラル

「ツギノムラ」の広場では、村長が頭を抱えていた。


 この村の生命線である共同井戸が、数日前から一滴の水も出なくなったというのだ。照りつける太陽の下、本来なら青々と茂っているはずの畑の作物は無惨に干からび、土はひび割れ、村人たちの顔には色濃い疲労と絶望が張り付いていた。


「勇者様、お願いです! 井戸が枯れては、明日の飲み水すら事欠く有様。このままでは畑の作物も全滅し、村は干上がってしまいます。どうか原因を調査してくだされ! お礼には村の特産品、市場でも高値で取引される『乾燥高級薬草』を差し上げます!」


 その言葉に、ゼニマルの目がキラーンと鋭く輝く。


「……いいだろう。水不足は第一次産業の致命的な生産力低下を招き、村の経済を完全に停滞させる。それは巡り巡って、流通の滞りや俺たちの旅の補給コスト増、つまりハイパーインフレの悪化に直結するからな。リッチー、行くぞ」


「えぇ……。井戸なんて薄暗くてジメジメしたところ、調べなくてもいいじゃないか。水がないなら、ナイルで『王宮の天然水』を1万本くらい注文して、空の井戸にぶち込めば済む話だよ? ついでに井戸の縁を金箔と大理石でデコレーションして、底に魔力発光する宝石を敷き詰めれば、映えもするし、観光名所になって村の経済も一気に潤うと思うんだけど?」


「黙れ無能成金! それはただの対症療法かつ、維持費を度外視した過剰投資だ! 水を買い続けるランニングコストで村の財政は破綻する! 根本原因を叩いて『無料のインフラ』を復旧させるのが、真のコストカットにして最強の経済対策だ!」


 二人が乾いた井戸の底を覗き込んだ瞬間、真夏の日差しを切り裂くように、真冬の吹雪のような異常な冷気が顔を打ち据えた。


「ひっ!? なんだいこの寒さ! 僕のシルクの服が凍りそうだよ!」


 陽の届かない漆黒の奥底。

 そこはすでに、水ではなく分厚い永久凍土のような氷柱で埋め尽くされていた。


 そして、その氷の底で、巨大な影が蠢いていた。

 全長三メートルはあろうかという、巨大な蟹の魔物だ。


 青白い燐光を放つ甲殻は、まるで何層にも重なった氷河のように分厚く、鋭利な氷の棘が無数に生え揃っている。二つの巨大なハサミは透明度の高いクリスタルのような材質で構成されており、それが打ち鳴らされるたびに「カィン、カィン」と硬質な冷音が井戸の中で不気味に反響した。


 さらに恐ろしいことに、奴の口からは絶えず絶対零度の吹雪が吐き出され、地下水脈から僅かに滲み出る水分すらも一瞬にして凍らせている。八つの複眼がギョロリと上を向き、侵入者であるゼニマルたちを冷酷に見据えた。


「氷結の魔物、アイス・クラブか……! 奴の吐き出す冷気が水源を凍らせて物理的な『資産の凍結』を引き起こし、村の経済をデフレスパイラルに陥らせているんだな」


「キシャァァァァッ!!」


 アイス・クラブが威嚇の咆哮を上げると同時に、鋭い氷柱の槍が井戸の底から猛スピードで射出された。


「おっと危ない」


 リッチーが優雅に首を傾げて避けた氷柱は、空の彼方へと飛んでいき、村の時計塔の先端を凍らせた。


「よくわからないけど、あいつを倒せばいいんでしょ? でも、あんな吹雪が吹き荒れる狭い井戸の底に降りるのは危ないし、お肌に悪いよ。ナイルで『全自動・蟹用ボイルマシン』でも取り寄せ……」


「そんな高価な機材はいらん! 費用対効果が悪すぎる! 俺にはこれがある!」


 ゼニマルが背負っていた「銅の剣99本」の束をガサリと下ろした。


「おい……まさか、それを投げ捨てる気かい? 」


「捨てるのではない! 投資だ! これは『重力による物理的遠距離攻撃』だ! 剣は普通に振れば疲れるが、上から下へ重力に従って落とせば、位置エネルギーをタダで圧倒的な破壊力に変換できる! 体力を消費しない、大自然の法則を利用した究極のエコノミー・アタックだ!」


 ゼニマルは銅の剣を一本手に取り、井戸の底のアイス・クラブの巨大な甲殻の隙間を目がけて、投げ落とした。


 ――ヒュンッ……ガツンッ!


「キシャァァァ!?」


 重力加速の乗った銅の剣が、蟹の硬い氷河の殻を鋭く叩き割る。


「当たったぞ! 成功だ! 次だ、どんどん行くぞ!」


 ヒュッ、ヒュッ、と次々に投げ込まれる銅の剣。

 一本投げるたびに、ゼニマルは心の中で「500G!」「さらに500Gの固定資産が宙を舞う!」と絶叫し、冷や汗を流していた。


「あはは、すごいね。ダーツみたいで楽しそうだよ。……でも、いくら重力を使っても、あの氷の塊みたいに硬い甲羅やハサミに直撃して刃が曲がったり折れたりしたら、ただの銅屑どうくずになっちゃうね?」


「……ッ!! そ、そうだった! 角度だ! 刃を潰さない角度で垂直に当てろぉぉぉ! 関節を狙え! 資産を傷つけるな!!」


 ゼニマルは、もはや魔物討伐というよりは「極限の減価償却チキンレース」のような悲壮な形相で、残りの剣の重心と空気抵抗を計算し、精密に投げ落としていく。アイス・クラブも黙ってはおらず、巨大なハサミを盾にして防ごうとするが、上空からの無数の剣雨を完全に防ぐことはできない。


 数十本の剣が「蟹の足の関節の隙間」や「複眼」をピンポイントで正確に貫き、アイス・クラブはついに断末魔の泡を吹き、ピクピクと痙攣して完全に沈黙した。


 魔物が死に、魔力による絶対零度の供給が絶たれたことで氷が急速に溶け始め、ゴボゴボと豊かな地下水が勢いよく湧き出してくる。


「……勝った。最小限の運用コストでインフラを奪還したぞ」


 ゼニマルはすぐさま、あの重い『金の縄』を井戸の縁の石柱に括り付け、それを伝って井戸の底へ降りていった。そして、湧き上がる冷たい泥水にまみれながら、自分が投げた「愛しき資産」を一本ずつ必死に回収し始めた。


「1本、2本……。クソッ、9本も刃こぼれや湾曲でおしゃかになってやがる! 4,500Gの特別損失だ! こうなったら、アイス・クラブの爪と新鮮な蟹肉を限界まで剥ぎ取って、少しでも損失を相殺ヘッジしてやる!」


 地上では、リッチーがナイルで取り寄せた「高級アイスティー」を優雅に飲みながら、泥と蟹の体液にまみれて解体作業に勤しむ「節約勇者」を見下ろしていた。


「ねえゼニマル、その泥だらけの剣と蟹肉、重いし生臭いよ。洗うための『高級ローズ石鹸』、僕が特別価格の1万Gで売ってあげようか?」


「死んでも買うかぁぁぁ!! 復旧したばかりの『完全無料のインフラ』で洗うに決まってるだろうがぁぁ!!」


 無料の重力を使い、無料の水で泥を落とす。

 徹底したコストカットの裏で、9本の剣を失ったゼニマルの背中は、湧き出る澄んだ水とは対照的に、どこか深い哀愁を帯びていた。


【現在のステータス】

■贅沢勇者:リッチー

【所持金】9,975,392,020G


●本日の支出

 高級アイスティー ── 2500G


■節約勇者:ゼニマル

【HP】 9,999,999,999

【所持金】 100G

【装備】 銅の剣×90

【道具】 折れた剣の先、金の縄

【換金アイテム】合計時価総額──4286G


●本日の収入

 乾燥高級薬草 ── 2500G

 アイス・クラブの爪・蟹肉 ── 1500G


●本日の支出

 銅の剣×9

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