第11話 一発千金の弾丸
「全自動迎撃ドロン」が、静かな起動音とともに宙に浮き上がった。
白銀の流線型ボディが洞窟の闇の中で滑らかに回転し、迫りくる吸血ゴーストバットの大群に対し、一切の感情を持たない冷徹なAIが正確無比なロックオンを行う。
――パシュッ、パシュッ!
ドロンの砲塔から放たれたまばゆい光の魔力弾が、暗闇を切り裂き、コウモリたちを次々と撃ち落としていく。一切の無駄な動きがない、実に鮮やかで、安全極まりないVIP専用の防空システムだ。
だが、その様子をリッチーの操作画面越しに覗き込んだゼニマルの目は、魔物への恐怖ではなく、画面の隅で恐ろしい勢いで回転している「ある数字」に釘付けになっていた。
「……お、おい。リッチー。今、あいつが一発撃つたびに画面右上の『オプション残高カウンター』がゴリゴリ減ってるぞ。……おい、まさかとは思うが。これ、1,500万Gのドロンの機体レンタル代とは別に、弾代が『従量課金制』でかかってるんじゃないのか。答えろ。一発いくらだ」
ゼニマルの声は、地鳴りのように低く震えていた。
「ん? ああ、そうだよ。ドロン本体はただのハードウェアで、撃ち出す専用の魔導弾は『一発1,000G』のマイクロトランスアクション方式らしいよ。最新のビジネスモデルだね! ほら、弾切れになると再注文の手間がかかってタイムロスでしょ? だから、とりあえず一番お得な『1,000発バリューパック』をポチっておいたから安心してよ」
「い、いっ……1発、せ、せん……!?」
ゼニマルの脳内で、絶望の損益分岐点計算が、スーパーコンピューターをも凌駕する速度で弾き出された。
コウモリ一匹を確実に倒すのに、回避される分も含めて平均二発必要だとする。つまり、一匹の討伐コストは2,000G。
対して、ゴーストバットのドロップアイテムの市場価値は「汚れた翼(換金相場:1G)」のみ。
計算式: 売上 1G - 経費 2,000G = 粗利 ▲1,999G。
「やめろぉぉぉ! 撃つな! 直ちに稼働を停止しろ! ユニットエコノミクスが完全に崩壊している! 一匹倒すごとに『1,999Gの純損失』を垂れ流すビジネスモデルなど、開始3秒で経営破綻だ!!」
「えぇ……。でもあいつら放置したら危ないよ? 噛まれて君の貴重なHPが減ったらどうするのさ。ほら、奥からまだたくさん来てるよ。ドロン、細かいことはいいから全弾撃ち尽くしちゃって!」
――パパパパパパパパッ!! ピシュウゥゥゥン!!
主の「予算上限なし」という狂気の決裁を受け、ドロンが景気よく魔力弾のフルオート連射を開始した。洞窟内に、札束に火をつけて投げ合っているかのような、豪華絢爛な光のショーが展開される。
「あああぁぁ!! 1,000Gが! 2,000Gが! 4,000Gが! 今のたった数秒で、俺の半年分の食費が空中分解したぁぁぁ!! 利益率マイナス19万9千パーセントの戦闘など直ちに中止しろ! その金、俺に直接キャッシュでくれれば、素手で一匹ずつ首をへし折ってやる! アウトソーシングの単価が高すぎるんだよ!!」
ゼニマルはたまらず、飛んできた1,000Gの魔導弾をどうにか物理的に回収しようと、背中の銅の剣の「腹」の部分を虫取り網のように構え、ドロンの射線上に猛ダッシュで飛び出した。
「待て! 勿体ない! 俺が物理的な盾になるから、その弾丸の所有権を俺の懐に移転させろ! 撃つな、いや、俺の麻袋の中に直接撃ち込め!! 現物支給だ!!」
「危ないってばゼニマル! それじゃ僕を金で守る意味がないでしょ!」
ここで、ドロンに搭載された月額制の『VIP絶対保護・コンプライアンス遵守AI』が作動した。
【警告:射線上に味方ユニットを検知。フレンドリーファイアによる訴訟リスクを回避するため、弾道を強制湾曲させます。※特殊弾道計算リソースを消費するため、1発あたりの消費魔力が2倍の『2,000G』に上がります】
――ギュイィィィン!!
ドロンが放った光の弾丸は、ゼニマルの体を避けるようにグニャリと不自然に大きく弧を描き、さらに派手なエフェクトと『莫大な追加コスト』を伴って、見事にコウモリの眉間を撃ち抜いた。
「あああああ! 避ければ避けるほど弾丸が浪費される最悪の赤字ループに突入したぞ! 止まれ! 経費で落ちないぞ!! 止まれぇぇぇ!!」
ゼニマルは血の涙を流しながら、空中で弾け飛ぶ「一発2,000G」の美しい火花を、必死に両手で掻き集めようと宙を舞った。
しかし、触れた弾丸の残滓はただ熱いだけで、決して冷たい金貨に戻ることはなく、虚しく彼の指先を焦がし、暗闇へと消えていくだけだった。
「俺の! 俺のキャッシュフローが! 虚無に吸い込まれていくぅぅぅ!!」
結局、ドロンが安全かつ過剰な火力で「1,000発の弾薬パック」を完全に撃ち尽くし、洞窟内に静寂が戻る頃に高級レッドカーペットの上は、黒焦げになったコウモリの死骸と、魂が抜け殻となって四つん這いで嗚咽を漏らすゼニマルの絶望で埋め尽くされていた。
「……ふぅ。一匹残らず片付いたね。やっぱりお金で解決するのが一番平和で、安全で、衛生的だよ。ね、ゼニマル?」
リッチーは1ミリも汗をかいていない顔で、ナイルで取り寄せた高級ミネラルウォーターを優雅に飲んでいる。
「……平和、だと? ……お前には、この床に転がる無念の叫びが聞こえないのか……。大金を燃やして、得られたのは、この……この……」
ゼニマルが震える手で拾い上げたのは、売値1Gの「汚れた翼」。それが数十枚、床に散らばっているだけだった。
「……伝説の盾という『永続資産』にたどり着く前に……俺の精神が、お前の放つ札束の弾幕によって、完全にハチの巣にされた……。自己破産だ……免責不許可事由だ……」
かくして、ゼニマルは物理的なダメージを一切受けることなく、ドロンが叩き出した「極悪な費用対効果」によって、致命的な精神的ダメージを負ったのだった。
■贅沢勇者:リッチー
【所持金】9,958,510,620G
●本日の支出
専用魔導弾1,000発パック(割増料金込み) ── 150万G
■節約勇者:ゼニマル
【HP】9,999,999,879
【所持金】 100G
【装備】 銅の剣×90
【道具】 折れた剣の先、金の縄
【換金アイテム】合計時価総額──7,326G
●本日の収入
汚れた翼(数十枚) ── 40G
●本日の支出
無し(著しい精神的苦痛)




