解放の銀13
アイトがあの女王シャルの子孫だったとは…これも何かの縁なのだろうか。
そう言えば、アイトの家族が別荘を持っていると言っていたが、元王族の家系であれば納得だ。
城壁の結界魔法については納得できていないが、後でセラフィに聞いてみよう。
「長いこと歩かせてごめんね。もうすぐ家に着くよ。」
「馬車で座りっぱなしだった身体を伸ばすには丁度いい運動だ。色々案内してくれて楽しいしな。」
「それは良かった。」
アイトの家路についてから半刻ほど経っただろうか。
道中、トルマリン王国で有名なお店や、『貴方の見る景色』で描かれていた場所をアイトに教えてもらったが、何とも不思議な感覚だった。
初めて来た場所なのに知っている場所、と言う矛盾した感覚。物語の中に迷い込んでしまったかのような高揚感。トルマリン王国に来たのは正解だったな。
「皆、着いたよ。ここが僕の家だ。」
「…なんか、思ッてたのと違ェな。」
「どんな家だと思ってたのかな?」
「もッとでけェ家だと思ッてたぜ。」
ロードの気持ちはわかる。
元王族の家系ということから、もう少し大きな家を想像していた。だがアイトの家は、並の一軒家よりむしろ小さめで、庭もない。
アイトは通りに面したドアに近づき、門環(ノック用の金具)に手をかけながら話を続けた。
「あぁ。僕のご先祖様のことで勘違いしているみたいだけど、僕の家は普通の家庭と変わらないよ。」
「でも、別荘があるんだろ?」
「…違いがあるとすれば、そこだけだよ。」
アイトは苦笑いを浮かべてそう言いながら、門環でドアを叩いた。
「母さん。帰ったよ。」
アイトがドアに向かってそう声を掛けた後、少し間を置いて、ドアの向こうから声が返ってきた。
「アイト?帰ってきたの?」
「うん。ただいま、母さん。」
ドアの内側で鍵の開く音がして、すぐにドアが開いた。出てきたのは、アイトの母らしき女性だ。
ブロンドの長い髪を後ろでまとめており、切れ長な目元。アイトの母と言うには若い印象の見た目だ。
『あの本』で描かれていたが、ブロンドの髪は王女シャル譲りだろうか。
「あんた、どこまで行って─────こちらは…アイトのお客様?」
アイトの母は俺たちの視線を感じ取ったのか、そうアイトに問いかけた。
「うん。…お客様でもあるし、命の恩人でもある。」
「あんた…何してきたのよ。」
「まぁ…色々と説明したいから、皆を中に入れてもいいかな?」
「…わかったわ。皆さん、うちの子がお世話になったみたいで、ありがとうございます。立ち話も何ですので、どうぞ家にお入りください。」
「あぁ…はい。お邪魔します。」
俺がそう言うと、後ろの皆も続いて頭を下げ、そのまま俺たちはアイトの家にお邪魔させてもらった。
中に入ると、正面に階段があり、その脇には廊下が続いているようだ。
廊下の先はここからだと見えないが、誰かが近づいてくる気配がする。
「応接室に案内しますね。」
アイトの母がそう言うと、彼女の後ろの廊下から、先ほど感じた気配の主らしき人影が現れた。
「…おや。お客様かな?」
「バーン、ちょうど良かった。アイトがお客様を連れてきたから、応接室に案内してもらえるかしら。私はお茶を用意するから。」
「わかった。」
「お願いね。」
アイトの母と入れ違いに、バーンと呼ばれた男性が姿を現した。
きれいに整えられた茶髪で品のある服を着ており、如何にも人当たりの良さそうな人相だ。
応接室もあることから、仕事で接客をする機会が多いのだろう。
「アイト、おかえり。」
「ただいま、父さん。急にお客様を連れてきたりして、ごめん。」
「大丈夫だよ。幸いにも、今日はもうお客様が来る予定はないからね。」
どうやらこの男性は、アイトの父親のようだ。
俺は人間の構造については詳しくないが、髪や瞳の色は親から受け継ぐものだと認識している。
アイトの銀髪は、この二人から受け継いだとは考えにくいが…可能性は様々あるため、あまり考えないようにしておこう。
「ささ、お客様方。どうぞこちらへ。」
アイトの父に促され、俺たちは廊下に面した扉の中へと通された。どうやらここが応接室のようだ。
中は思ったより広く、4人が並んで座っても余裕のあるソファが対面して二つあり、その間には程よい高さの長机が置いてある。
奥には、書類やペンが置かれた机と一人用の椅子がある。恐らく、アイトの父が普段使っているのだろう。
「どうぞ、お座り下さい。」
アイトの父にそう言われ、俺たちは奥側のソファに4人で座った。
ややあって、アイトの母が持ってきてくれたお茶と茶菓子が揃い、アイト一家も対面のソファに座ったタイミングで、アイトの父が口を開いた。
「改めまして、私はバーゼント。アイトの父です。」
「私はレインゼル。アイトの母です。」
アイトの両親が自己紹介をしたため今度はこちらの番かと思ったが、俺よりも先にアイトが口を開いた。
「こちらの方々は、僕から紹介させてもらうね。右から、カリア君、セラフィさん、ラピスさん、そしてロード君。ナイト王国からクォーツ王国に向かってる道中で、この国を観光しに来たそうだよ。」
「まぁ、ナイト王国から…。」
「うん。それで、僕たちは魔獣の出る森の中で出会ったんだけど───」
「魔獣の出る森って…!あんたそんな所まで行ってたの!?」
「いや…でも僕なら1日走れば着く所だったし…そんなに遠くは無いと思ったんだけど…。」
「…はぁ。」
俺たちがアイトと出会ったあの森は、魔獣の出る森として知られているようだ。
確かにアイトの身体能力なら、ここからあの森まで1日走れば辿り着けるだろう。
レインゼルはアイトの言い訳に呆れたようなため息をついた後、再び口を開いた。
「…それで、この方たちは命の恩人って言ってたけど、どういう事?」
「えっと…色々あって。結論から言うと、僕が魔獣に襲われてるところを助けてもらったんだ…。」
「…魔獣に!?いや…はぁ。」
レインゼルは頭を抱えて俯き、再びため息をついた。
「…レイ。突拍子もない話なのはわかるけれど、そんな態度ではアイトも話しにくいだろう。」
レインゼルの様子を見かねたバーゼントは、そう声をかけた。
『バーン』と『レイ』は、二人の愛称らしい。
「何であなたはそんなに冷静なのよ…。」
「アイトがこうして無事に帰って来ているからね。それにお客様の前だよ、レイ。」
「…そうね、ごめんなさい。私は黙って聞いてるわ。」
バーゼントはレインゼルを宥めた後、アイトに視線を移した。
「アイト。詳しい話を聞かせてくれるかい?」
「…うん。僕は、固有魔法の練習がしたくてあの森に入ったんだけど───」
そうして、アイトは事の経緯を全て話した。
俺とセラフィが賢者の弟子であることや、アイトと同じ体質であることは、俺の口から説明させてもらった。
アイトが一通り話し終えると、バーゼントが口を開いた。
「なるほど。話はおおよそ理解できたよ。」
「…もっと驚くかと思ってた。」
「いいや、十分驚いてるさ。何せ、あの賢者ヒスイ様のお弟子様とご対面できているからね。」
「父さん、知ってるの?」
「もちろん。とは言え、知ったのはつい最近だけどね。」
「どうやって知ったの?」
「新聞さ。この国には賢者が居ないから、『他国の賢者に弟子ができた』なんて普通は書かないものだけどね。賢者ヒスイ様となると話は別だ。」
「…そんなに有名な人だったんだね。」
「あぁ。アイトもこの国の王になるなら、もう少し勉強が必要だね。」
「…うん。それは痛感してるよ。」
アイトとバーゼントがそんなやり取りをしていたが、レインゼルが横から声をかけた。
「…バーン。それよりも…。」
「あぁ…うん。そうだね。」
バーゼントとレインゼルは息を合わせたかのように立ち上がると、二人ともその場で深々と頭を下げた。
「カリア様、セラフィ様。魔獣から息子を救っていただき、誠にありがとうございます。」
「ありがとうございます。」
「…僕も、改めてお礼を言うよ。本当に、ありがとう。」
アイトも遅れて立ち上がり、二人と同様に深く頭を下げた。
「いや…大したことでは無いですよ。」
「いえ、重要なことです。何かお礼をしたいのですが…。」
バーゼントは俺に、何か見返りを求めて欲しいと言わんばかりの視線を飛ばしている。
ここは一先ず、アイトが提案してくれた別荘の話をするとしよう。
「…実は俺たち、この国の観光で1週間程滞在しようと思っています。そのために宿泊できる場所があれば、ありがたいですね。」
「…なるほど。私の知り合いに借家の商売をしている者がおります。…今の時期は借り手が多く、空き家が無い状況とは聞いておりますが、何とか取り計らってもらうよう依頼を───」
「父さん。そんなことしなくても、うちの別荘を使えば良いんじゃないかな。」
「…。」
「…。」
「…父さん?母さん?」
アイトがバーゼントの話を遮り、俺たちに提案した別荘の話を切り出した。
しかし何故かアイトの言葉を聞いたバーゼントとレインゼルは、表情を無にして黙り込んでしまった。
不都合があると見て間違いないだろう。
「…一応言っておきますが、無理はしないでください。そもそも俺としては、見返りは必要ないと思っています。」
異様な雰囲気に耐えかねた俺はそう切り出し、バーゼントの反応を待った。
しかし、俺の予想に反してレインゼルが口を開いた。
「…いえ、大丈夫です。確かにアイトの言う通り、別荘をお貸しするのが良さそうね、バーン。」
「…そうだね。レイに任せるよ。」
「ちょっと待ってほしい。父さん、母さん。」
レインゼルとバーゼントはそのまま話を進めようとしたが、アイトは先程の沈黙を見過ごす気がないようだ。
「僕が提案しておいて水を差すのもおかしな話だけど…本当に良いの?」
「えぇ、大丈夫よ。」
「じゃあさっきは何で黙って…。」
「…今ね、ちょうど私のお客様に、別荘を貸してるの。その方にはこっちの家に泊まってもらおうと思って、色々考えてただけよ。」
「…それは流石に気が引けます。そのお客様にも申し訳ないですし…無理をさせてまで見返りが欲しいとは思っていません。」
俺はレインゼルにそう言って考えを改めさせようとしたが、彼女は取り消すつもりがないらしい。
「カリア様、気になさらないでください。お客様とは言いましたが、その方は1人だけですし、私の…身内のような人なのです。こっちの家に泊めようにも、空き部屋がなかったので別荘に住まわせているだけです。」
「…ではその方をこちらの家に連れてきても、泊める部屋が無いのでは?」
「いえ、それも問題ございません。」
セラフィがもっともな疑問を呈したが、レインゼルには考えがあるらしく、アイトに視線を向けた。
「アイト。カリア様たちが滞在している間は、あんたも別荘に住んで、色々と案内して差し上げなさい。その間、あんたの部屋にお客様を泊めるから。」
「うん。それは良いけど…。」
レインゼルのお客様抜きで話が進んでしまっているが、良いのだろうか。
別荘を明け渡してもらうことになるとしても、そのお客様に一度断りを入れたい。
そんなことを考えていると、この家の門環が叩かれた音がした。どうやら来客のようだ。
「私が出るよ。」
バーゼントが立ち上がり、応接室から出ていった。
そしてアイトとレインゼルが別荘についての話し合いを再開したと同時に、隣に座っているセラフィが俺の服を引き、俺に話しかけてきた。
「…カリア。」
「どうした。」
セラフィが口を開こうとした瞬間、応接室のドアが開き、バーゼントが顔を覗かせた。
「レイ…件のお客様が来た。」
「…!わかったわ。皆様、少しこちらでお待ちください。アイトも、ここで待ってなさい。」
「…うん。わかった。」
レインゼルが慌ただしく応接室から出ていく様子を見ながら、セラフィは俺にだけ聞こえる声でこう呟いた。
「そのお客様から…城壁の結界と同じ魔力を感じるの。」




