解放の銀14
「そのお客様から…城壁の結界と同じ魔力を感じるの。」
セラフィは小声で、確かにそう言った。
俺は一瞬驚いたが、改めて考えるとそんなに驚くようなことでは無いと気付いた。
もしアイトの言う通りなら、件の別荘に泊めているレインゼルの客人が、城壁の結界を施した人間…つまりは女王シャルということになるが、100年以上前に生まれた人間がまだ生きているとは考えにくい。
他の誰かが結界を張ったと考えた方が自然だろう。
「アイト。今来てる客人って、誰かわかるか?」
「…いや、わからないね。母さんは知り合いが多いから。」
「そうか。」
期待はしてなかったが、やはり知らないか。
いずれにしても別荘を譲ってもらうことになるため、その客人とは会って話をしたい。
そう考えていると、応接室の扉が開いてバーゼントが入ってきた。
「アイト、これから私と一緒に別荘へ行くよ。」
入って来るやいなや、バーゼントはアイトにそう声をかけた。
何やら急いでいるのか、少し強引な誘い方だ。
「今から別荘に?その前に、母さんのお客様に挨拶をしたいんだけど…。」
「いや、そっちは母さんに任せておけば大丈夫だ。アイトは私と一緒に別荘へ行って、カリア様たちを泊めるための準備を手伝って欲しい。」
「もちろんそれは手伝うよ。でも、そんなに急がなくてもいいんじゃないかな?」
「…準備に時間がかかってしまうかもしれないだろう?大切なお客様をお泊めするのに、不備があってはいけないからね。」
「そうだけど…。少しご挨拶するだけでもだめかな?別荘の件は僕が言い出したことだから、一言だけでも謝っておきたいんだ。」
「それは…っ。」
「…父さん?」
アイトのもっともらしい発言に、バーゼントは言葉を詰まらせた。
目前で繰り広げられている会話を聞くに、表向きは別荘の準備としているが、本当は客人に会わせたくないだけなのかもしれない。
どちらにせよ、アイトもバーゼントの言動には違和感を感じているようだ。
「はぁ…アイト。気持ちはわかるが、聞き分けてくれ。」
バーゼントはとうとう説得を諦めてそう言ったが、それでは違和感が深まるばかりだ。
そんな言葉で、アイトが素直に言うことを聞くとは思えない。
「───あぁ。そういうことなんだね、父さん?」
「…すまない。」
「いや、いいんだ。」
しかし、アイトは何か理解した様子でバーゼントの言葉を受け入れた。
俺たちには何がなんだかさっぱりわからないが、彼らの間で通じるものがあったのだろう。
状況についていけてない俺たちに、アイトが声をかけてきた。
「皆、ごめんね。父さんの手伝いに行ってくるよ。」
「あ…あぁ。俺たちはどうしたら良い?」
「皆様はこちらでお待ちください。後ほどレインゼルから案内があるかと思いますので。」
「…わかりました。」
バーゼントは俺たちに待機するよう言った後、アイトを連れて部屋から出ていった。
残された俺たちの間に沈黙が走る中、最初に声を発したのはラピスだった。
「…何だったのかしら?」
「色々と事情がありそうな感じだッたな。」
「うん…。本当に、別荘を貸りちゃっても良いのかな…。」
「…ここは好意に甘えましょ。向こうも私たちに返すものを返さないと、気が済まないみたいだったし。」
「…そうね。」
そんな話をしていると、応接室の扉がノックされた。
失礼します、という声とともに扉を開いて現れたのはレインゼルだった。その後ろにはフードを深く被った人影がいる。恐らく件の客人だろうが、人相はわからない。
この部屋に入ってきたということは、俺たちと話をさせてくれるということだろう。
「…慌ただしくしてしまい、申し訳ございません。」
「いえ…。こちらこそ、迷惑をかけてしまって申し訳ないです。」
「とんでもございません。お気になさらず、別荘をお使い下さい。」
「…それでは、ありがたく別荘を貸りたいと思います。…ですが、レインゼルさんのお客様に貸しているところを譲っていただくことになるので、できればそのお客様から直接了承を得たいと思っているのですが…。」
「…はい。その件も含めて、お客様もお話がしたいそうです。別荘の準備が終わるまで、お話に付き合っていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろん、大丈夫です。」
「ありがとうございます。それと…誠に勝手ながら、もう一つお願いが。」
「…何でしょう?」
レインゼルは少し重苦しい雰囲気を漂わせながら、口を開いた。
「…お客様と会ったことや話したことは、他言無用にしてほしいのです。…特に、アイトには言わないで頂けないでしょうか。」
訳ありの客人だとは察していたが、まさか面と向かって口止めをしてくるとは思わなかった。
やはりレインゼルやバーゼントは、アイトを客人に会わせたくないらしい。
…いや、客人の正体を知られたくないと解釈したほうが正しいかも知れない。
「───もう、レイ。そんなこと言ったら、身構えちゃうでしょ?」
その声は若い女性のそれで、確かに後ろの客人から発せられたものだった。
「わかってるけど…。」
「はぁ…。相変わらず心配性なんだから。」
客人はそう言いながらレインゼルの前に歩み出てきた。
「皆さん、ごめんなさいね。レイの我儘に付き合ってくれないかしら?」
「…色々と事情があるみたいですね。」
「色々じゃ足りないくらいよ?」
「…わかりました。俺たちも事を荒げるようなことはしたくないので、他言無用にします。皆も、それで良いな?」
セラフィとラピス、ロードが頷いて応えると、レインゼルが頭を下げて礼を言った。
「…ありがとうございます。…それでは、私は席を外しますので、何かありましたらお呼びください。」
そう言って応接室の扉まで歩いて行ったレインゼルは、一瞬だけ足を止めた。
振り返って客人を見遣ったが、結局何も言わずに扉を開いて出ていった。
それを見送った客人は一度手を叩いて、仕切り直しといったように口を開いた。
「…さて、自己紹介が遅れちゃったわね。私はリディ。よろしくね。」
自身をリディと名乗ったその人物は、そう言いながら対面のソファーに腰掛けた。
まだフードを深く被っており、どんな人なのかはわからない。
「…俺はカリアです。」
「私はセラフィです。」
「私はラピスと言います。」
「俺はロード。」
続けて俺たちが自己紹介をすると、リディは少し声音を低くして話を続けた。
「…うん。カリアとセラフィが賢者ヒスイの弟子で、ラピスとロードがそのお友達って聞いたけど、合ってるかしら?」
「合ってます。」
「あぁ待って待って!やっぱり敬語は苦手だから、もっとこう…友達と話すみたいにしてくれないかしら?」
「…わかった。」
「よろしい!」
表情こそ見えないが、その声色と身振りだけで表情が読み取れる程、感情がわかりやすい人だ。
「そうそう。レイも言ってたけど、別荘のことは気にしないで使ってね。」
「それは助かるけど…レインゼルさんやバーゼントさんに、色々と負担をかけてしまってるのは気が引けるな。」
「あぁ…。そう見えるのはたぶん私のせいだから、それこそ気にしないで。」
「と言うと?」
「…レイはね、もともと私とあなたたちを会わせるつもりがなかったのよ。」
「…そうだったのか。」
「えぇ。でも私が無理にお願いして、この場を整えてもらったのよ。」
「なるほど。それで、無理をしてまで俺たちと話したいことって何なんだ?」
「まぁまぁ。物事には順序ってものがあるのよ?別荘を譲る代わりと言っては何だけど、いくつか質問に答えて欲しいの。主に、カリアとセラフィにね。」
「…まぁ、俺たちに答えられることなら。」
「ありがとう!じゃあ早速確認なんだけど…二人とも、アイトと同じ体質なんだよね?」
「あぁ。証明するのは難しいけど、アイトは信じてくれてるはずだ。」
「ふむふむ。じゃあその体質について、賢者ヒスイから何か言われなかった?」
「賢者ヒスイから…。」
俺やセラフィの器の素が、ユーベルトとオリファーだとは聞いている。ただ、この体質がどこから来ているのかまでは、はっきり聞いたことがなかった。
だが、心当たりはある。
それは、ナイト王国でトールと戦い、空中を踏みしめるという妙な力が発現した時のことだ。
その時の賢者ヒスイは、その力がユーベルトに由来しているかのような反応を見せていた。
恐らく俺やセラフィの体質も、ユーベルトやオリファーから受け継いだものなのだろう。
「…すまないが、賢者ヒスイから何か言われたことはないな。多分だけど、聞いても教えてくれないと思う。」
「ん~…君たちでもだめかぁ…。」
リディのその反応は、賢者ヒスイと言葉を交わしたことがあるような物言いだった。
「リディは賢者ヒスイに会ったことがあるのか?」
「え?あぁ、うん。前に一度だけね。あの人から私のことを…聞いてるわけ無いか。」
「あぁ。聞いたこと無いな。」
「だよねぇ。じゃあ、君たちのご両親のことは知ってる?」
俺たちの両親…難しい質問だな。
俺はセラフィと顔を見合わせたが、俺と同様、どう答えたら良いかわからない様子だ。
リディの言っている両親というのは、ユーベルトやオリファーの両親のことだろうか。
いや…俺たちの身体の一部はあの二人のものだ。ユーベルトやオリファーが俺たちの親と言っても過言ではない…か?
「…実は、俺もセラフィも会ったことがないんだ。生まれてばかりの頃から、賢者の館で世話になってたからな。」
「…そうかぁ。はぁ…。」
期待外れの回答だったためか、リディはため息を吐いた。
しかし、すぐに気を取り直した様子で言葉を続けた。
「じゃあ、もう回りくどいのはやめにしようかな。」
そう言って、とうとうリディは被っていたフードを上げ、その顔を見せた。
「「「「…!」」」」
その顔を見た俺たちは、恐らく同じことを思っただろう。
「今まで顔を隠しててごめんね?」
「…いや、見せられない事情があるとは思ってた。」
「どんな事情があるかわかったかな?」
「わからないな。」
「そうでしょうね。」
声色から想像した通りの若い女性が、銀髪の長い髪を靡かせながらそう言った。
彼女は、アイトの姉と言うに相応しい風貌の人物だったのだ。




