解放の銀11
アイトと一頻り話した後、グレースたちが魔獣の処理を終えて俺たちのもとへ戻ってきた。
一旦その場で休憩することとなったため、その場で俺の口からアイトという青年について説明を行った。
「…とまぁ、記憶をなくしてるみたいだから、今わかってる範囲ではそんな感じだな。」
「固有魔法のこと、話しても良かったの?」
「あぁ。本人の了承はもらってる。」
「そう。それで、どうするの?この人をこのままにしておくわけにもいかないでしょ?」
「そうだな。俺としては…アイトも一緒に馬車に乗せて、トルマリン王国に向かいたいと思ってる。」
「カリアがそれでいいなら、私もそれでいいと思う。」
「まァ…ここに放ッといて行くのも後味悪ィしな。」
「私もそれがいいと思うわ。あ、グレースさんの判断のほうが優先よね。」
「ん?もちろん俺も構わねぇぜ。席の余裕もあるしな。カリア君の判断に任せるよ。」
「ありがとう、グレース。」
「おうよ。…って、おいおい。大丈夫かい?」
グレースが俺の後方に視線を向け、そう声を掛けた。
振り返ると、アイトが立ち上がってこちらへ近付いてきていた。俺たちが話し合っている間に立ち上がれるまでに回復したようだが、まだ足元が覚束ない状態だ。
「…カリア君。そして魔獣を処理してくれた皆さん。お礼が遅れてしまって申し訳ない。助けて頂き、本当にありがとうございました。」
アイトは俺たちに深くお辞儀をして、感謝の言葉を述べた。
「どういたしまして。」
俺が返しの言葉で応えると、アイトは頭を下げたまま話し始めた。
「それで…カリア君。話は聞いてたよ。君たちはトルマリン王国へ向かってる道中みたいだね。僕も一緒に馬車に乗せてもらうのは凄く助かるけど…僕は君たちに助けられてばかりだ。この恩は、どう返せばいいかな?」
「見返りは求めてないから、気にするな。」
「…カリア君。それは君なりの優しさなのかも知れないけど、僕にとっては酷な話だ。どういたしましてで済まされる話ではないよ。」
「…確かに。それもそうだな。」
俺はこの青年の命を救ったと言っても過言では無い。
余程無神経な感性の持ち主でなければ、命を救われた恩をどうにか返したいと思うのは自然な感情か。
「僕にできることはそんなに無いかもしれないけど…君たちの要望には全力で応えるつもりだ。」
とは言え、アイトに何か頼み事をしようにも、彼自身が自分のことも詳しくわかってない状態では、検討の余地も無い。
「…それじゃあまずは、しっかり休んでくれ。記憶と身体を回復させたら、アイト自身のことを教えて欲しい。」
「…それもそうだね。わかったよ。」
そうして俺たちはひと時の休憩を挟んだ後、全員でトルマリン王国へ向かった。
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「そう言えば、魔獣を食料にできなかったから、森を抜ける前にある程度狩って来ればよかったな。」
森を抜けて日が傾いてきた頃、ふと食事のことを思い出した。
今から俺だけで森へ狩りに戻れば、馬車の足を止めるずに済むかもしれない。
「あァ、それならセラフィが獲ッてッから大丈夫だぞ。」
「え、そうなのか?」
「うん。」
話を聞いてみると、魔獣を森の中に埋めに行った時に、セラフィが獲物(昨日俺が狩った兎)を10羽程凍らせて持ってきてくれたそうだ。
凍らせた獲物は荷台の箱に入れてあるらしい。
「ちょうど近くに居たのを見つけたから、そのまま凍らせて持って来た。」
「それは助かる。ありがとう。」
「どういたしまして。」
その直後、俺の隣に座っていた青年の腹から盛大な音が鳴り響いた。
当の本人は窓からの景色を横目に眺めており、とても涼しげな表情だ。
「お腹空いてるの?」
「あぁ…聞こえちゃたかな。」
「御者席にも聞こえるくらい響いてたわよ?」
「ははは…ごめんね。昨日から何も食べてないのを思い出してね。急にお腹が空いてきたんだ。」
「昨日のこと、思い出したのか?」
「うん。色々と思い出したよ。カリア君の質問にも、今なら答えられるよ。」
「…じゃあ改めて聞くけど、何で魔獣と闘ってたんだ?」
「僕は…固有魔法の練習相手が欲しかったんだ。」
「練習相手?」
「うん。最初は普通の熊や兎の群れを相手にしてたんだけど、固有魔法を使うまでもなかったんだ。僕は身体強化魔法が得意だから、それだけで事足りてしまってね。それでもっと強い相手を探し求めて森の奥に入って行ったら、あの魔獣に出会った。相手としては申し分ない…って思って手を出してしまったんだけど、結果は君たちが見ての通り…完敗だったよ。」
「…そうか。あと、王選についても何か言ってなかったか?」
「あぁ、そうそう。固有魔法の練習をしようと思ったきっかけがそれなんだ。僕は王選に参加するつもりだからね。どんな選定方法になるかは分からないけど、この固有魔法を活かせる可能性は十分にある。でもしばらくの間使ってなかったから、身体を魔法に慣らす意味でも練習しておきたかったんだ。」
「なるほど。」
「…ちょっと聞きたいことがある。」
セラフィは気になる事があるらしく、発言する機を窺ってたようだ。
「何かな?セラフィさん。」
「あなたの固有魔法は、身体を強化する効果もあるの?」
「いや、無いよ。」
「そう。じゃあ、あなたは身体能力がとても高い体質なのね。」
「…え?」
アイトは不意をつかれたのか、驚きを隠せていない様子だ。
その表情からは、若干の焦りも窺える。
「えっと…どういうことかな。」
「あなたは魔獣と闘ってた時、身体強化魔法を使ってなかった。いくらあなたの魔法を使ってても、純粋に身体能力が高くないと、あの魔獣と渡り合えないでしょ?」
「どうして身体強化魔法を使ってないと思ったんだい?」
「思ったんじゃない。私は見ただけで、どんな魔法を使ってるかわかるの。」
「そんなまさか…。じゃあ、僕の固有魔法のことも?」
「ううん。固有魔法は詳しく解析できない。使ってることだけしかわからないの。」
「…。」
「身体強化魔法を使ってないことは、あなたが一番わかってると思うけど。」
「…そうだね。」
この青年は、俺やセラフィ、トールと同じような体質かもしれない…ということか。
固有魔法と同じように、高い身体能力を持って生まれて来る人間は稀に居るのだろう。
そのどちらも持って生まれて来たのであれば、かなり恵まれているな。
しかしアイトは、そのことを誇示するわけでもなければ、謙遜するわけでもない。
ただ俯いて黙り込み、何か思考を巡せているようだ。
そんなアイトの様子を見かねたセラフィが、口を開いた。
「…ごめんなさい。あまり触れちゃいけない話だったみたい。」
「あぁいや…いいんだ。今まで家族以外の人に、この体質のことを知られたことがなくてね。…どう説明したらいいか、考えてたんだ。」
動揺を隠すような笑みを浮かべながらそう言い、少し深めに呼吸した後、言葉を続けた。
「…セラフィさんの言う通り、僕は生まれつき人より身体が頑丈で、身体能力も高いんだ。でも…悪意があって隠してたわけじゃないんだ。気味が悪いと思うかも知れないけど…どうか信じて欲しい。」
…そうか。
きっとアイトは、俺やセラフィと同じなのだ。
常人とかけ離れた性質が自身にあると知られれば、気味が悪いと思われるかもしれない。あるいは、敵意や畏怖の念を向けられる可能性だってある。
アイトの気持ちは、俺たちがドラゴンだったことを知られたくない気持ちと同じで、対人関係に不和が生じることを望んでいないのだ。
相手の心根が自分と似ていると悟った俺は、この青年に対して情が湧いて来るのを感じた。
「アイト。そんなに気を張らなくても大丈夫だ。俺とセラフィも同じ体質だからな。」
「…え?」
「信じられないか?」
「いや…その…。本当に?」
「あぁ、本当だ。」
アイトは俺から視線を逸らし、ロードとラピスの方へと向けた。
「…ロード君もラピスさんも、この体質のことを知ってたのかい?」
「あァ。俺もラピスも、コイツらと一緒に暮らしてたからな。」
「そうね。主にカリアのせいで感覚が麻痺してたけど、よく考えたら凄い体質よね?」
「だな。」
「ん?俺のせい?」
ロードもラピスも、俺が悪いと言わんばかりに同調し、頷き合っている。
人聞きの悪い言葉を訂正して貰いたかったが、どうやら2人には俺の声が届いていないらしい。
「…あ、そう言えば、他にも同じ体質の人間がナイト王国に1人居るのよね?もしかして世間ではよくある体質なのかしら?」
「さァな。固有魔法を持ッて生まれて来るのと同じじャねェか?」
「あぁなるほど!じゃあアイトさんは、固有魔法にも身体能力にも恵れてるって、かなり凄いんじゃない?いいなぁ。私も特別な才能が欲しかったなぁ。」
「ラピスは土魔法が上手でしょ。あれは才能だと思う。」
「もっと派手なやつが欲しい!」
アイトの目から見ても、ロードとラピスの会話や態度からは、体質のことを気にしているようには見えないだろう。
それは、俺たちがアイトと同じ体質を持っていることの証左となったようだ。
「…まさか、僕と同じ体質の人が居るなんて思いもしなかったよ。世界は広い…ということだね。」
「信じてくれたみたいだな。」
「うん。よく考えてみれば、君たちが嘘をつく理由も無いし、あの魔獣を倒した実力にも納得できる。」
「それなら良かった。まぁそういうことだから、体質のことは気にするな。俺たちの態度は変わらないということをわかってもらえたら、それでいい。」
「…うん。ありがとう。本当に、君たちに出会ってからは感謝が絶えないね。…この恩が返せるか心配になってきたよ。」
「それに関してはアイトの気が済むようにしてくれ。…あ、やってほしいことが一つあるな。」
「おぉ!是非聞かせて欲しいな。」
「時間があるときでいいから、トルマリン王国を案内してくれないか?」
「…それはまた、恩返しのしがいがない頼み事だね。もちろん任せて欲しいけど、そもそも君たちはどうしてトルマリン王国に?」
「一言で言うなら観光だな。王選が終わるまで滞在するつもりだ。」
「観光…なるほど。王選が終わるまでとなると、1週間は滞在することになるよ?」
「あぁ、そのつもりだ。」
「その間、宿はどうするつもりなんだい?」
「あぁ…特に決めてないな。人が多すぎたら、最悪国の外で野宿することになると思う。」
「…ほぼ確実に野宿になるよ。僕がトルマリン王国から発った時には、もう宿の部屋が埋まってる状態だったからね。」
「もうそんなに人が居るのね…。」
「まァ…仕方ねェよな。」
「普段より人が居るのもそうなんだけど、そもそも大きい国でもないからね。宿の数も多くあるわけじゃないんだ。」
そう説明するアイトの表情や声色からは、嬉しさのような感情が滲み出ていた。
その様子を不思議に思ったセラフィが、アイトに声を掛けた。
「なんだか嬉しそう?」
「あぁ、うん。僕が役に立てるかもしれないと思うと、嬉しくてつい。」
「…と言うと?」
アイトは一つ咳払いをした後、姿勢を正して口を開いた。
「実は僕の親が、国内に別荘を持っているんだ。普段は使ってないんだけど、たまに母さんが掃除をしに行ってるから、すぐに住める状態のはずだ。」
「もしかして…そこに泊めてくれるのか?」
「そうしたいと思ってるんだけど、どうかな?」
「え!ほんとに!良いのかしら!」
「そりャありがてェが…許可降りるのか?」
「僕から母さんに全力で頼み込むよ。」
「それは凄く助かるね。」
「…本当に助かるな。」
助かるが、小さな違和感はある。
アイトの家族が別荘を持っているのなら、それなりに裕福なはずだ。
それなら使用人を雇って、掃除をさせるものだと思うのだが…気にし過ぎか。
一応、無理な交渉はしないよう、アイトに伝えておこう。
「ただ、やむを得ない事情で許可が貰えない時は、無理しなくても大丈夫だからな。」
「うん、わかったよ。…それにしても、カリア君は随分大人びてるね。見た目から僕より少し年下だと思ってたけど…時折、僕よりずっと年上の人と話してるみたいな気分になるよ。」
人間になって16年程経ち、色んな人と出会ってきたが、こう言った反応にはすっかり慣れてしまったな。
またロードやラピスから揶揄われるのだろう…と思って見遣ると、その2人は腕を組んで何とも言えない顔をしていた。
「私たちもそんな時期があったわねぇ…。」
「そうだなァ…。」
「…何だその顔は。」
「これはあれだ。古参理解者顔ッてやつだ。」
「そうそう。」
「何を食べたらそんな言葉が出てくるんだ…。」
「変なモンは食ッてねェよ。最近読んだ本に出てきた言葉ッてだけだ。」
「私はロードに教えてもらって知ったんだけど、いつかやってみたいって話をしてたのよ。だからアイトさんがそういう反応してくれるの、期待して待ってたわ。」
「ははは。期待に応えられたみたいで何よりだよ。…君たちは本当に仲が良いんだね。よかったら、君たちの話も聞かせてもらえるかな?」
そんな流れで、アイトに俺たちのことを軽く話していると、日が完全に沈んでしまったため、今日はこの辺りで野宿することとなった。
そうして休息と食事を重ねるにつれて、アイトの記憶や体調は徐々に戻って来たようだ。
道中も問題なく、馬車は順調にトルマリン王国へ進んで行った。
そして数日後、俺たちを乗せた馬車はトルマリン王国に到着した。




