第一章 第三話 勇者、冥王を守る守護者と相対する
夢は自分の過去の記憶だというけれど、オレが今見ている夢も正しくその通りだ。
四天王を退けたボクは事態を打開するため、蛇の背中山脈に降り立った。
その山脈の中で一番大きく噴煙を上げ続ける山に悪の元凶の冥王がいるらしい。
らしいというのは、スネークバック山脈から冥王の宣戦布告が轟いた直後に山を降りて魔物がやって来たからだそうだ。
三つの種族の長に聞いたが皆同じ答え。
それ以上に印象に残る人間離れしたボクを見るあの恐れと怯えで濁った瞳。
いても経ってもいられなくなり誰にも告げずに王国を飛び出した。
力を持っても持たなくても、はみ出し者はいつまでもはみ出したまま。
山脈に来てみると、そこから邪悪な気配を感じるというだけで、それらしい姿は見えない。
ただ、山脈に足を踏み入れた途端、近づいてほしくないほど醜い魔物達が殺到して来たので、恐らくこの付近にいるのは間違いないはず。
そんな事を考えながらトリガーを引く。発射された弾頭は腐乱死体のような魔物の胴体に穴を開けて炸裂。
翠の爆風が膨らみ、周りのモンスターを巻き込んだ。
爆風が消えた後には、その場に三十体はいたであろう怪物達の姿は何処にも見当たらなかった。
「はあー」
その奥を見てため息をつく。
これで終わりなはずもなく、奥の山道から途切れる事なく冥王の手下達がゾロゾロとやってくる。
敵の本拠地だからしょうがない……いや、面倒くさい!
ボクはいちいち相手にするのをやめた。
ここに来てからは、一歩進むたびに敵がやってくるのだ。
一時間掛けて進んだ距離は百メートルも無いと思う。
だって後ろを振り向けば入ってきた入り口が見えるくらいだ。
血眼になって走ってくるモンスターを一瞥。
お疲れ様。そして地べた這いずり回っててください。
ボクは一瞬にして上空に飛び上がり、険しい山肌の上で地団駄を踏んでいる敵を置いてけぼりにして一気に邪魔の入らなあっ空を移動。
しかし快適な空の旅も束の間、鳥とコウモリを組み合わせたような空飛ぶモンスターが邪魔をしてきたので、何羽か撃ち落とす。
けれど、地上と同じようにドンドン現れる。
この作戦も失敗か?
と一瞬思ったけど、陸と違って空では三次元機動ができる。
それを利用することにした。
前から来る鳥コウモリを下から抜いて、次の障害は頭を超えて、
三羽目は左から回り込んで、そいつの背中を蹴って勢いをつけると同時にマッハブーツを発動。
数百メートルを瞬間移動し、必死に翼を動かす空飛ぶ魔物を置き去りにすることに成功した。
視界には、吸ったら肺が焼けそうな熱い煙を吹き出す山が映っている。
あそこが冥王が潜んでいる山か?
その山は、まるで我が偉いんだと言わんばかりに、山頂から噴煙とドロドロに溶けたマグマを吐き出し続けている。
きっとあそこに誰かいるとしたらさぞ自分勝手な奴なんだろう。例えば突然世界を征服しようとする冥王とか。
まあ、ボクよりは強くないだろうからさっさと終わらせよう。
そう気を緩めていた時だった。
突然前方に白く光輝な柱が現れる。
地上から伸びたそれは、一瞬にして黒雲を突き抜ける。
目で追うと、遥か頭上の太陽と一瞬目が合った。
白い柱は三十秒ほどで消え、同時に掴めそうなほど密度の濃い雲が空を覆っていく。
今のは一体なんだ?
まるでボクの疑問に答えるかのように咆哮が轟いた。
「ゥオオオオオオオオオオオン」
声を出している主の姿は見えないが、その叫びは確実にボクの耳に入り、鼓膜どころか全身を震わせる。
威嚇だ。
それ以上近づくな。命の保証はないぞ。ただの叫びのはずなのに、ボクの脳はそう捉えていた。
「今のも冥王の仕業なのか?」
それを確かめる為にも、早くあの山へ行かないと。
正直たった一人でそこに向かうのは物凄く心細かったが、自分の身体に何度も「動け動け」と命令しながら先に進む。
それに頼れる存在なんて、この世界の何処にもいないんだ。
ボク一人でやるしかないんだ。
延々と黒煙を吐き出し続ける山の麓に声の主はいた。
「ゥオオオオオオオオオオオン」
ボクを威嚇してくる相手の容姿が段々と分かってきた。
頭には二本の金の角を持ち、大きく裂けた口には鋭い牙が覗き、薄い皮膜の張った鋭角的な翼を持っている。
顔はほんの少しトカゲに似ているが、それとは全く違う存在感を放っている。
トカゲなんかと比べるのは失礼だ。
あれは……竜だ。
ファンタジー世界の絶対王者であり、神にも等しい存在。
全長は百メートル、三十階建ての建物くらいの大きさだ。
太陽は黒煙に遮られているはずなのに、美しく白い体は内から輝き、尻尾の先までスラッとしたスタイルのお陰か、大きさの割に鈍重さを感じさせない。
背中の翼を広げ空に滞空するその姿は十字を描き、まるで神のような神々しさを感じさせる。
竜は尻尾を下げて空に浮かんだまま、金色の瞳でボクの事を見下ろす。
とてもつもなく巨大な存在の視線が向けられているのに不思議と怖くはない。
白眼に金色の瞳が知性を感じさせるからだろうか。それともこちらを労わるような視線だからだろうか。
ひとつ気になるのは、首のあたりにつけられた首輪みたいな物。
それがあることで竜の醸し出す高貴さよりも、まるでペットか奴隷みたいに虐げられている印象を受ける。
竜は、視線を外すと、誰もいない空間に向けて口を開いた。
開かれた口腔から白い光が溢れる。
光はボクの頭上を通過して、黒煙を切り裂きながらそのまま南へ。
これはさっき見た白の柱と同じ……じゃあさっきの柱、いや竜の火炎放射だったのか!
見上げるボクに、またもや竜が視線を合わせてくる。
何も喋ってはいない――そもそも言葉は通じないと思う――が、その目は「それ以上近づくな」と警告しているようだった。
同時に、気のせいかもしれないが、悲しみを湛えているような気がするのは何故だろう。
この竜とは殺しあってはいけない気がする。そう殺しちゃ駄目だ!
ボクは着地すると丸腰のまま、手を横に広げて傷つけないとアピールしながら、竜に会話を試みる。
もしかしたらファンタジーのようにテレパシーか何かでこちらの意思が通じるかもしれないと思ったからだ。
「ボクは冥王に用があるんだ。邪魔をしなければあなたと戦う気は無い。だから通してくれないか?」
竜は一瞬困ったような表情を浮かべて首を傾けた直後、首輪から黒い雷のようなものが迸る。
すると苦しげに唸なりながらボクに向けて前足を振り下ろしてきた。
駄目か!
竜の攻撃を避けると、ボクが立っていた山肌が鋭い爪によって粘土のように大きく抉れる。
やっぱり通じないのか。
そりゃそうだよな。この世界の人々にとって、ボクは人間の皮を被った化け物。
もしや竜となら分かり合えるかもしれないなんて淡い期待を抱いてしまった。出来るはずないのにな。
戦いの最中にそんな自己嫌悪をしていたボクは、鋭い風切り音で我に帰る。
見ると爪の生えた脚によって視界を埋め尽くされていた。
ヤバっ!
マッハブーツで空気を蹴って、その力で後ろに瞬間移動。
心構えをする前に数十メートルを一気に移動したので、口から心臓が飛び出しそうになったが、それ以上に自分の油断に対してはらわたが煮えくりかえる気分だ。
ボクは何したんだ! 敵を目の前にボーとしてるなんて!
それにしても……。
何故か竜はその場から動こうとしない。
距離が離れているからか?だったらさっきの白い炎を放てばいいのに、何もしてこない。
白き竜はその黄金の瞳でじっとボクの挙動を見張っているようだ。
その証拠にボクが一歩でも近づくと、竜も動き出す。
積極的に攻撃はしてこないが、だからといって通してくれる気はないらしい。
「邪魔をするなら容赦しない!」
ボクは両手に金と銀の銃を持ち、行く手を塞ぐ純白の壁に向けてトリガーを引いた。
竜は避けようともせずに全弾を体に受ける。
小さな傷はついても、血が流れているようには見えない。
さすが竜。鳩に豆鉄砲ならぬ竜に二丁拳銃と言ったところか。
でも豆粒とはいえ、何百発も撃ち込まれて流石にイライラしてきたみたいだ。
ビルよりも太い足で踏み潰そうとしたり、並の人間なら掠っただけでも即死確定な尻尾を振り回して来る。
ボクはそれらに当たらないよう素早く動き回って回避しながらも、攻撃の手を緩めることはしない。
竜は体が大きいから、正確に狙いをつけなくても弾丸は当たり緑の爆発がダメージを与えているはず。
しかし有効打は一つも出ていないのは煙が腫れて傷一つない体を見れば明らかだった。
どうやら自己再生機能まで持っているようだ。
このまま撃ち続けても、ブレイブパワーを消耗するだけだ。
冥王との戦いを前に枯渇することだけは避けたい。
早く終わらせないと。
視界を覆い尽くす大きさの尻尾を避け、鉄すら紙のように切り裂けそうな爪を掻い潜り、噛み砕こうと大きく開かれた顎門から逃れて、狙っていた場所に銃口を突きつけた。
そこは生物全てが弱点であろう眼窩。
ここにはどんな生物も骨がない。撃てば竜も無事では済まない筈だ。
ギャラクティガンマンも自分よりはるかに大きい怪獣を倒した時に同じことをしていた。
だからボクもそれに倣う。
ボクはピタリと左手の銃を、金色の瞳に向けた。
近くで見ると、やっぱり殺意は感じない。それどころか目を見ているとすごく胸が苦しく痛くなる。
トリガーを引く指の力が緩む。
なんでそんな目でボクを見る? 一体何故。死にたくないと命乞いしてるのか?
その時、竜の満月のような瞳が僅かに動き、その中に映っているものをボクは見た。
瞳の中に、幼い雰囲気の竜がいる。
ボクは幼竜がいるであろう場所に振り向く。しかしそこには黒い山肌があるだけで何もない。
ん? 見間違いか?
そんな隙を晒してしまった為に、後ろから風圧を感じた時には何もできなかった。
目を離した隙に、竜の頭突きでボクは吹き飛ばされたようだ。
まるで見るなと怒りをぶつけられたようだ。
そのまま山肌に背中からぶつかる。
絶対守護の服が無かったら、身体は潰れたトマトのように無残に潰れていただろう。
怪我はないが、痛覚のせいで全身が痛みを訴えるのはどうしょうもない。
顔を上げると先程とは違い、尻尾を上げた竜の瞳に明確な殺意と怒りが見える。
何故急に怒る? 瞳に映った幼竜と関係あるのか?
竜が噛みつこうと口を広げて迫る。
ボクは噛みつきから逃れる為に山肌を縫うように飛んだ。
すると、竜は攻撃をためらうそぶりを見せる。
やっぱりこの辺に何かあるんだ。
ボクは山肌をよく観察しながら、竜の攻撃を避けていく。
やはり竜はこの山肌に流れ弾が足る事を恐れているらしい。
その間にボクはこの山肌にある秘密を暴こうと、観察だけでなく直に山肌に触れる。
何度目かの竜の攻撃を避けていると、不意に山肌を触っていた右手が沈み込んだ。
突然のことにボクは驚き、動きを止めてしまう。
それを待っていたかのように、竜が爪を振り下ろしてきた。
しまった!
竜の足が大きすぎる為に、上下左右に避けれるスペースがない。
ボクは、ある可能性にかけて山肌の中に飛び込んだ。
身体は竜の脚と山肌に挟まれることなく、そのまま吸い込まれるように中に入ることができた。
思った通り、山肌には見えない穴が空いていたのだ。
おそらく幻術か何かで、入り口を隠していたのだろう。
その穴の高さは、ギリギリ立って歩けるくらいで、時折頭が擦れ手をまっすぐ伸ばせないほど幅も狭い。
当たり前だが、あの白い竜は入って来れそうにないみたい。
だからといって安心はできない。
灯りはなく真っ暗だが、奥に紫色の光のようなものが見えた。
後ろから竜の咆哮が聞こえる。けど穴が小さいせいで、入ってはこれないみたいだ。
背後を塞がれたボクは、もしかしたらこの状況を打開できる何かがあるかもしれないと思い紫の光に向かって進む。
光の正体。それはボクが入れるほどの大きさの檻だった。
最初、ボクを捕らえるための罠かと思ったが、どうやら違うみたい。
既に生き物が捕らえられていたからだ。
紫の光を纏う黒くて頑丈な鉄格子が、中にいる生物が出れないようにしっかりと閉じられている。
ボクは鉄格子越しに、中にいる生き物に目を留めた。
体長は一メートルぐらいだろうか、顔は体を丸めているせいでよく分からない。
銀の体に尻尾。背中には翼があり何処と無くさっきまで戦っていた竜に似ていらような気がする。
これが、瞳に映っていた竜か? 白い竜の子供か? でもなんで捕らえられているんだ?
ボクの頭の中で、温泉を掘り当てたように次々と疑問が湧き出してくるが、答えは見つからない。
そうこうしているうちに、幼竜が身じろぎして頭をボクの方に向けた。
頭頂部に赤い一本角があり、大きくてつぶらな赤い瞳がボクを捉える。
さっきまで戦っていた竜には神々しさを感じたが、目の前の幼竜は幼い子供のような愛らしさを感じた。
幼竜が口を開こうとする。ブレスか!
ボクは攻撃してくると思い一瞬身構えるが、
「ピュイイイ」
そんな可愛らしい鳴き声を上げるだけで何もしてこない。
ん? 攻撃してこない?
「ピュイイイ。ピュイイイ!」
ボクに何か伝えようとしてるみたいだが、困ったことに全く分からない。
「ピュイイイイイイ、ピュイイイイイイ!」
幼竜がとても悲しそう鳴き声を上げながら、大きなルビーのような瞳から涙を流す。
その鳴き声は助けを求めているかのように切ない。
心なしか力無く垂れ下がった尻尾からも通じない事にショックを受けているように見えた。
「もしかして、ここから出たいのか?」
「ピュイ!」
ボクが声をかけると、尻尾をピンと上げた幼竜が近づいてきて鉄格子に頭をぶつけながら鳴く。
その姿はここから出してと訴えているようにも見える。
よく見ると、何度も鉄格子を破ろうとしたのか全身傷だらけ。
首には、さっきの竜と同じく黒い首輪のようなものが付いていた。
ボクの視線に気づいたのか、竜が前足でそれを掻く。
何度も何度も、光を浴びれば美しく輝くであろう銀の皮膚が裂け血が出るのも構わずに、ガリガリと掻き毟る。
首の傷から流れる赤い血を見て、思わずボクは叫んでいた。
「掻いちゃ駄目だ!」
「ピュイ……ピュイィィ」
言葉が通じたのか、ボクの目を見たまま幼竜は一声鳴いて首輪を掻くのを止めてくれた。
「通じたみたいでよかった……ちょっと待ってくれよ」
ボクは外から檻が開けられないか見てみるが、恐ろしい事に鍵どころか扉自体見当たらない。
一体どうやって入れられたんだ。むしろここから出す気はないというとこなのか?
幼い竜はつぶらな瞳に涙を沢山溜めてこちらを見ている。
そのままにするのが最善の策だ。檻を開ければ襲いかかってくる可能性だってあるんだ。
「ピュイイイィィィ……」
でも無視できなかった。置いていけなかった。この世界で初めて、助けてあげたいと思ったんだ。
だって、ボクには助けられる力がある。
目の前で助けを求める存在がいるのに無視することなんてできない。
ボクは外の脅威のことも忘れて、幼竜を助けることに集中していた。
鉄格子を穴が空くほど見つめるも、やはり開けられそうなところは見当たらない。
「……力づくで開けるか」
ゴーリキーリングを発動させて、両手で鉄格子を掴み、力任せに引っ張る。
すると、最初は抵抗していた鉄格子が音を立ててひしゃげていき、幼竜が通れるくらいの隙間ができた。
「よしこれくらいでいいかな。ほら、出てきて大丈夫だよ」
ボクがそう言っても、幼竜は首を小さく横に振るばかり。
最初は外に出るのが怖いのかと思ったが、そうではなく、首輪のせいで出れないのではと推測した。
「その首輪取らないと出れないのか?」
幼竜は首をかしげる。
「えっと、首輪、取って、欲しいのか?」
ボクは自分の首を指して首輪を取るジェスチャーをした。
すると通じたのか。
「! ピュイピュイ」
嬉しそうな声を上げながら、力強く首を縦に振った。
「分かった。外すから動くなよ」
ボクは首の傷に触れないように、慎重に首輪を握り、外すために一気に力を込める。
「ウンギギギギ!」
は、外れない! 嘘だろ? 家も持ち上げられるゴーリキーリングでも外せないのかよ。
「ピュイ! ピュイイ!」
「あっごめん!」
痛かったのだろう。幼竜は目を閉じ、聴いた者の心が引き裂けそうな鳴き声をあげたので、慌てて首輪から手を離した。
「外れない……どうすりゃいいんだ」
首輪を外す方法を考えながら、痛みを少しでも紛らわせるために幼竜の頭を左手で撫でる。
あったかくてツルツルしていて、ずっと触っていたくなる手触りだ。鱗がないからかな。
「あっ、これなら……」
そんな事を考えながら、自分の左腕を見てあるものが目にとまった。
「なあ、ちょっと怖いかもしれないけど動くなよ。いいな?」
「ピュイ?」
幼竜が何するのと言いたそうに首をかしげる。
「すぐ済むから」
ボクは左手のガントブレイドを銃に変化させると、銃口を首輪に押し付けた。
「ピュイイイ、ピュイイイ!」
恐らく初めて見る昏い銃口が恐ろしい怪物にでも見えたのだろう。幼竜は首を振って銃口から逃げようとする。
なだめても、狭いところを嫌がる馬のように、幼竜は暴れて手がつけられない
「お願いだから大人しくしてくれ」
「ピュイイイ! ピュイ、ピュイピュイイイイイ!」
明らかに怖がっている。何度も体を動かすから鉄格子とぶつかり白銀の体に痛々しい傷が増えていく。
「どうすればいいんだ……そうだ! 暴れないで、こっちを見て」
ボクは苦肉の策として、銃口を自分の右腕に押し付ける。
「ピュイ?」
幼竜が動きを止めてこっちを凝視する。
「見てるんだ」
ボクは自分の右腕に銃口を押し付けたまま、一気にトリガーを引いた。
ドン。と銃声が狭い穴の中に響き渡る。
「イッテー」
ボクは右腕を抑えながらも、唖然とした表情でこっちを見る幼竜に声をかける。
「見て、ボクは何ともない。君を傷つけたりしないから暴れないでくれ。首輪を外したいだけなんだ」
信じてくれたのだろうか。幼竜は先程とは違って嘘のように大人しくなった。
ボクは怖がらせないようにゆっくりと近づき、銃口を首輪に押し付ける。
銃声から鼓膜を守るために右手で耳を抑えると、幼竜も真似して翼を器用に動かして耳を塞ぐ。
その縮こまった姿がちょっと可愛く見えた。
「動いちゃダメだぞ。すぐ済むから絶対に動くなよ」
ボクは幼竜を怖がらせないように、頭を撫でながら目を合わせたまま、首輪に狙いをつけて撃った。
弾頭は物の見事に破壊。砕けた首輪は音を立てて落ちる。
勿論幼竜の銀の皮膚に傷はついていない。
「やった!」
「ピュ、ピュイイイイイ! ピュイピュイ」
「お、おいやめろってくすぐったいから」
幼い竜は余程嬉しかったのか、尻尾を激しく左右に振って鳴きながら、ボクの右腕をペロペロしてきた。
「大丈夫だ。痛くなんてないよ。ありがとう」
本当は少しだけ痛かった。大丈夫だとは思っていたけど、我ながら無茶したもんだ。
あれ? 不思議なことに舐められていると、痛みが段々と収まってくる。
竜には自己再生ができるみたいだけど、誰かを癒すことも出来るのだろうか?
「ありがとう。もうそこから出てこれるよな」
「……ピュイ」
幼竜は最初躊躇っていたものの、外に顔を出した後は勢いよく檻から出てきた。そのままボクの顔に頭を擦り付けてくる。
ツルツルとした皮膚が心地良い。
「ピュイイイ。ピュイ、ピュイイイ」
「こら、くすぐったいよ。檻から出れて嬉しいんだな」
幼い竜の頭を撫で返しながら、この時ばかりは勇者になってよかったと本気で思った。
突然幼竜がボクから頭を離す。あの声が聞こえたからだろう。
実際ボクの耳もその方向を捉えた。
「オオオオオオオオオオオン」
外にいるあの白い竜だ。
しまった。このまま幼竜を外に出して大丈夫なのか?
ボクがそんなことを考えていると……。
「ピュウイイ!」
幼竜は嬉しそうな声をあげると、後ろの二本足を使って出口に向かっていく。
「あっ外に出たらダメだ」
ボクは後を追う。もしかしたら、あの幼竜が殺されてしまうかもしれないと思ったからだ
しかし同じ二本の足で走っているのに、後一歩のところで追いつけず、外に出て行ってしまった。
ボクも後を追って、すぐさま穴から飛び出した。
そこで見たものは……。
「ピュウイイ、ピュウイイ」
ボクを殺そうとしていた白い竜と、幼竜の二頭が頭を擦り付けあっていたのだ。
その光景は、まるで親子が久しぶりの再会で抱擁しているかのように見える。
それを見ていると、不意に地球の母さんを思い出した。元気にやってるかな。
二体の竜がボクの方を見てきたので、ボクは何が起きてもいいように身構える。
銀の幼竜は、ボクを睨みつける白い竜に何か話しかけているようだった。
話しかけられた白い竜は、小さな銀竜の話に耳を傾けているようだ。
「ピュイ、ピュイピュイ、ピュイイイ」
う〜ん。相変わらず何言ってるかわからない。
なんで翻訳機みたいなものが用意されたないんだ。と本気で思う。
あっ二頭がこっち向いた。
白い竜がゆっくりと近づいてきた。鼻息がかかるほど近い。
今のところ攻撃して来そうな気配はない。けれどこちらを油断させる演技かもしれない。
ボクの緊張の糸は張り詰めてすぐにでも切れそうだ。
「ピュイ、ピュイ」
そんなボクに幼竜が何かを訴えるように鳴きながら近づいてくる。
「ん? どうした」
幼竜が頭を動かす。その視線はボクと白い竜の黒い首輪を行ったり来たりしていた。
「ああ、そういうことか。分かったアレを外して欲しいんだね?」
そう言うと、通じたのか白い竜がまるで返事するように首をゆっくりと縦に降った。
銀の幼竜も嬉しいのか、尻尾を左右に振っている。
「すぐ済むから動かないでくれ」
ボクは左手の銃でさっきやったように首輪を破壊した。
黒い輪が無くなった白い竜は、憑き物が取れたような顔をして、確かめるように首を動かす。
首輪が無くなったことを確認し終えると、ボクに向かってまるで感謝するように頭を下げ、尻尾を左右に振りながら翼を広げて飛び上がる。
いつのまにか、白い竜の頭にはあの幼竜が乗っていた。
白い竜は、ボクから見て右手側の何も無い空間に身体を向けて口を大きく開く。
何する気だ? そんなボクの考えを実践して教えてくれた。
口からブレスを放ったのだ。
放たれたブレスは地面に当たらずその上を覆っていた見えない壁に直撃。
透明な壁が音を立てて崩れ落ちた。
中にいたのは多数の竜だ。
すし詰めにされていた何十もの竜達は自由になったことがわかった途端、喜びを分かち合うようにお互いの頭を擦り合わせる。
大きさはあの白い竜より少し小さいぐらいだろうか。それでも数十メートルはある。
その中の一体、代表者なのか、黒くて細い竜が飛び上がり、仲よさそうに白い竜と頭を擦り合わせていた。
あの竜たちは冥王に捕らえられていたようだ。
人質ならぬ、竜質とでも言えばいいのか。でもこれで戦わなくてすむはずだ
ボクは心の中で「早く逃げろよ」と竜達に警告して冥王がいるであろう山頂に向かったんだ。
この時だけは、勇者になってよかったと思える唯一の瞬間。その後は……。
「……ちゃん、ユーちゃん」
聞いたら嫌なこと全てを忘れさせてくれるような優しい声がオレを意識を覚醒させた。




