猫好きの転生魔女
太陽が中天に上る前の、うららかな日差しの中。
ニーナはペスの小屋がある庭で、ゆったりと寝そべっていた。
もちろん、ただ地面に寝っ転がっているわけではない。ペスのふわっふわの毛皮とがっちりしながらもしなやかさの秘めた身体。それに包み込まれながら、のんべんだらりんとしていた。
ここは師匠さんの家。ニーナは一番最初に師匠に引き取られた町に戻っていた。
なにせニーナの旅は終わったのだ。
猫を見つけることができた。猫のいる場所はしっかり把握した。あのぐにゃぐにゃの道をつなげる魔法も覚えた。ニーナはいつだって猫に会いにいけるのだ。
完璧である。
ニーナの人生の目的を半分は終えたと言っても過言ではない。あとは猫を愛でるだけの人生がニーナの目の前には広がっていた。
そしてニーナは十歳なので、きちんと保護者である師匠さんちのお世話になることが改めて決定した。
「マスター! マスター!」
ニーナが庭で日向ぼっこをしているところに駆けつけてきたのは、リューである。
ニーナが師匠さん宅に引き取られることが決定した時、ごねにごねた結果、正式にニーナと使い魔契約を結んだ。
どうにかしてニーナの役に立ちたくてしょうがない彼女は、ここ最近励んでいた成果をニーナに見せつける。
「どうだ、これを見てくれ!」
これ、と言って指さしたのは、自分の頭と尻尾だ。本来ならば竜角と竜の尻尾生えているところを、意地と根性で変幻させたリューは猫耳猫尻尾の姿になることに成功していた。
「ふふっ、マスターはこういうのが好きなんだろう? どうだ! 我にじゃれついてもぎゃあああああああ!?」
次の瞬間、リューがものすごい勢いで空へとかちあがった。
ニーナ渾身のアッパーにより、リューは摩擦熱を輝かせるて地面から空へとうちあがる不思議な流れ星になり、数十秒の垂直上昇と落下過程を経て地面に追突。めり込んだ。
我が家の庭員隕石が落っこちてきたような轟音に、師匠さんがひょいっと顔をのぞかせた。
「ニーナちゃん? いま、何かすごい音したんだけど」
「え? いまのは、たぶん、幻覚です」
「幻覚?」
「ええ、白昼夢の類、です」
怒りのあまり瞳孔を開き気味にしたニーナは断言した。
猫耳と猫尻尾を付けただけで猫要素を身に着けた気になっている生命体Rという、猫好きがこの世の中で最も許せないものが眼前に現れた気がしたが、まさか仮にも自分の使い魔がそんなことをするはずがない。
いや、別に猫耳をつけた女の子が好きなのは構わないのだが、だからといって猫好きに猫耳少女が好きなんだよねとか言ってくるのは失礼にもほどがある。
結論。
つまりさっき殴り飛ばしたリューは幻覚である。
「ふーん? そっか」
幻覚って音を立てたっけと首をひねりながらも、師匠さんは深く考えない。あっさり頷いて、お昼の食卓の用意を進める。食べるのが好きな彼女は、自分の造る料理に関しては一切手抜きしないのだ。
「ニーナちゃん。今日もお昼を食べたら猫界隈に行くんだよね」
「もちの、ろんです!」
「そっかー。夕ご飯までには帰ってきてね」
ふんすと鼻息荒く頷くニーナに対し、師匠さんも随分保護者役が板についてきた。きっちり子供帰宅時間を定めつつも、大体はニーナの好きにさせている。
「ますたぁ……なぜ……」
地面にめり込んでノックダウンをしながらも呻くリューを、ペスがきゅうんと鳴いて慰めた。
お昼が終わり、ペスの散歩がてらにニーナが猫界隈に行くと、先客が何人かいた。
ここを管理する魔女ではなく、普通の人々である。地上でも上流階級にいる人々。その中でも人格を見定め選りすぐった人間のみが正体を受けていた。
ニーナの来訪によって、数百年閉じこもっていた猫界隈にも変化が起こっているのだ。
ニーナそのなかのひとり一人、顔見知りの王女様に近づく。
「こんにちは」
「あ、魔女さま。ごきげんよう」
かつて吹っ飛ばされたことなど水に流している心優しい王女様は、礼儀正しくニーナに挨拶をした。もちろんニーナもかつて相手を吹っ飛ばしたことなど気にも留めず話しかける。
「ここは、どうですか」
「とても心安らぐところですね。自分がこうなっていた時には気が付きませんでしたが、この子たちは、とてもかわいい生き物です。触れ合っているだけで、日々の疲れが癒されます」
ぐいーっと体を伸ばしてしゃがんでいる王女様の膝に前足をかけ、うみゃんと鳴く三毛猫。王女さまはその猫のかわいらしさに頬を緩めていた。
猫界隈は、人間を厳選しながら順次解放していっている。もちろん猫のかわいさは偉大なのでノックアウトされる人間が続出。是非ともお持ち帰りをしたいとの申し出が殺到したが、猫派閥の魔女たちは最低限この猫界隈よりも優れた環境を用意しなければ許さぬとしているので、今のところお持ち帰りはゼロである。
まずは地上の上流階級に猫の素晴らしさを伝えるというニーナの作戦はうまく言っているようだ。
王女様に別れを告げたニーナは、ペスを連れて次の区画を訪れる。
そこはとある試作場。ちびっ子魔女さんと妖艶魔女さんがいた。
「あ、ニーナちゃん!」
ニーナの来訪に気が付いたちびっ子魔女さんが顔を輝かせて声をかける。
ニーナと並ぶと子供が二人揃っているようで微笑ましい。もちろん、ニーナのやばさを知っている妖艶魔女さんは微塵も笑えず、日々の疲れで顔を青ざめさせていた。
「え、永久名誉会長……。大丈夫です。今日も順調ですっ」
ならばよしと頷く。
そしてふと何の脈絡もなく疑問が沸き起こったのでちびっ子魔女さんに尋ねる。
「そういえばあなた、どうして王女様を猫にしてたんですか?」
「いや、その……」
王都での一連の出来事の発端、王女様猫化事件。なんであんなことをという今更なニーナの問いに、ちびっこ魔女さんは視線を逸らす。
「私も、三百年近く猫に触れなかったので……」
いろいろ並みだと評されたちびっ子魔女も、やはり魔女であるということだ。猫欲しさに多少の常識を打ち破ることは辞さないのである。
なるほど、と納得したニーナは本題を切り出した。
「それより、例の計画は順調ですか?」
「はい。こっちです」
人類を猫化させる『猫類補完計画』は必要がなくなったので凍結したが、ニーナはそれとは別に、あることをちびっ子魔女さんにお願いしていた。
ちびっ子魔女さんと妖艶魔女さんに案内された先には、偉大な光景があった。
多くの犬と猫が、仲良く寄り添い戯れている。
そう。猫界隈の一画に、わんことにゃんこが戯れているスペースがつくられていた。
魔女の犬派と猫派。数百年、断絶していた二つの派閥が、小さい空間ながら、一つになったのだ。
「あのギャルは、ほんっとに色々鬱陶しいですが……まあ、普通に快諾してくれました」
犬派閥の会長と仲がよいちびっ子魔女さんに、交流のかけ橋をお願いしたのである。
本来、猫は幼い頃に慣れさせないと攻撃的になるか警戒姿勢を崩さないのだが、そこは魔女たちが厳選したなつっこい猫を用意した。犬派派閥も、自分たちの犬の中でも特に賢くしつけられた犬を用意。異種交流の準備を始めた。
特に賢い大型犬のペスは、猫たちに大人気だった。
ニーナが連れてきたペスを見るなり、猫が集まる。
仔猫にあむあむと耳を甘噛みされ、ごろごろと喉を鳴らしたにゃんこにお腹を踏み踏みされる。ぐいぐいと頭を押し付ける猫あり。ペスはもちろん抵抗などせず、鼻先でころころと子猫を転がしたりとあやすように付き合う。
ペスだけではない。すやしやと仲良く並んで眠っているわんにゃんあり。お尻をくんくんしようとして嫌がられるわんにゃんあり。右を向いても左を向いてもわんにゃんしているその風景を、眼福以外になんと表現できようか。
「ああ……」
ニーナは、ほろりと涙を流す。
これが見たかったのだ。これを見るために、ニーナは生まれてきたのだ。
「平和とは、この光景のことを言うのですね」
渇望し、実現した風景に、ニーナは感動していた。
ニーナは基本、人類が嫌いだ。
だが同時に思うのだ。
異なる種族の特性を理解し、環境を整え、わんにゃんやうさにゃん、そのほか自然ではめったにありえない異種交流の光景を作り出せるのは――他ならぬ、人類だけなのだ。
人類は愚かだ。
けれどもすべての異種の架け橋に慣れるというのなら、愚かなる人類にも存在価値があるのではないだろうか。
きっと、そう思ったから前世で意気を引き取った魔女は、ニーナとして再び人間に転生したのだ。
「仲良きことは、良きかなです!」
世界の真理を一つ告げ、猫好きの転生魔女は微笑んだ。
これにて完結になります!
ペスとにゃんこを書きたいだけの作品でした。猫の愛らしさはね、表現がですね、難しすぎてですね!!
ちなみに作中ではずっとぼかしてましたが、ペスの品種はボルゾイです。あのすらりとしたカッコよさよ……。憧れです。でも作者は猫派です。にゃーん。
展開や世界観、キャラクターなど含めて終始ほわほわした感じの作品だったと思います。
ニーナのわがまま道中な作品に最後までお付き合いいただき、感謝しかありません!
それと、新作を始めましたので、ぜひ下のリンクからどうぞ。
一番タイトルがひっどい奴が新作、他の二作品が書籍化作品です。
新作も書籍化した出版作品も、筆者の『おもしろい』を全力で込めてありますので、楽しんでいただけたらなと思います。
それでは、またほかの作品でお会いできることをお祈りさせていただきます。




