09 本当の私をご覧になりますか?
「くぅぅ~っ!」
私(茂吉)の目に、英子さんはなおも戸惑っているように見受けられた。
私はテーブルを挟んで両手を伸ばすと、彼女の右手をしっかりと握り締める。
少なくとも、英子さんが「はい」といって頷かない限り、このまま手を放すつもりはないよ。
「英子さんっ!」
「イヤァ~、でもぉ~」
「英子さんっ!!」
「くぅぅ~っ! 殺せっ!!」
「殺しませんっ!」
2人だけの面会室で、私は強く説得を試みる。
でも、それも埒が明かない様子だ。
ならば、かくなる上は……。
「では、……。少々、昔の話でも致しますかね、……」
私はそう言うと、一先ず彼女の右手だけを解放した。
「えっ!?」
すると、英子さんは何とも物足りないような寂しそうな表情で、その空いた右手を見つめていた。
ふむ、……。
では、彼女の期待を裏切らないよう、こちらの身の上話でも聞かせてみるとするか。
まぁ英子さんにとっては、祖父の世代の話だったのだから、……。
現代人の彼女にとっては、何とも不思議な話に思えたのではないだろうか?
戦前の軍学校で、私がラッパを吹いていた話とか、師範学校の学生達と何かと競い合っていた話とか、女学校の生徒達とすれ違った話とか、……。
それらを私が思い出して話すものだから、英子さんの頭の中は、ますます不思議(?)でいっぱいになってきたように見受けられる。
英子さんは、ちらりと私の右手の薬指に関心を向けた。
その薬指には、アメジストのような紫色の魔石の埋め込まれた指輪が、太陽光を受けて反射していた。
「恋人か、……奥様かいらっしゃるんですか?」
すると、英子さんがおそるおそる訊ねてきた。
「そんな人は、おりませんよ」
私はニコリと即答した。
そうしたら、英子さんは半分疑うような目つきになって、「ホンとですかぁ~?」と訊ねてきた。
「そうですな。私の、この指輪が気になりますか?」
私はそう言って、自身の右手の薬指に嵌めている指輪を、もう片方の手で指差した。
「気になります。だって、斎木さんのような人がいまだに独身だなんて、あり得ないですもの!」
「ふむ。私の頃は、時代が時代でしたので、……。かえって結婚できない若者も多かったんですよ!」
「……」
こちらの言葉に、英子さんは少しだけ気色ばんだ。
「そうですな。私は、今年で90歳になります」
この際だ。前以て、ちゃんと説明しておこう。
「えっ!?」
英子さんは吃驚した様子で、こちらの顔を覗き込んだ。
「本当ですよ!」
そう言って、私は静かに笑った。
「失礼ですが、……その指輪は?」
「あぁ、こちらはですね、……。実は年齢を固定化する魔石を備えた指輪なんです」
「……」
英子さんは、再びこちらの表情をじっと見た。
もちろん、揶揄ってなどいませんよ。嘘も吐いてません。
「英子さん、この指輪の石は延命の魔石です。なんなら、本当の私をご覧になりますか?」
英子さんが半信半疑な様子で頷くので、私は彼女の右手を漸く解放した。
私は指輪を外して、彼女に向けてそっと翳した。
「お借りしてもよろしいのですか?」
「えぇ、……どうぞ」
笑顔を作って頷く私に、英子さんは指輪をそっと受け取って、その石をじっと確認する。
まぁ一般人には、ただの紫水晶にしか見えないだろうな。
すると、……。
英子さんの目の前で、突然、私を包む空気が蜃気楼のように揺らぎ始めると、……。
見た目30代前半の私と、超高齢の老人の私が、二重写しのように重なって明滅し始める。
動悸がいつもより激しい。
息をするのも辛いが、こうでもしないと英子さんはワカってくれないだろう。
「!?」
英子さんは目を見張ったまま、……。
「まさか、斎木さんが言っていたことはホンとの話だったのか、……」
彼女は口元に手を当てて、小声でそう呟いていた。
ふむ、……。もう、これでよかろう。
「ご理解頂けたようですから、……。そろそろ指輪を返して頂けますか?」
私は老人のように皺ばった見た目の右手を、彼女に差し出した。
「!?」
英子さんは、思わずゾクリとした様子だ。
現在の私の容貌は、先ほどまでの力の漲る肌ではなく、若干の皺とはいえ、染みがこめかみや各所に現れ、年齢を重ねた者独特の乾いた何かを示している。
英子さんはもう一度指輪に目を落とした後、左手を私に差し出した。
その震える指先から、私は指輪を受け取ると、……。
いつものように、自身の右手薬指に再び装着する。
ホンと、ギリギリだった。これ以上は動悸や眩暈がして、心臓が持たんよ。
「えっ!?」
テーブルを挟んで、英子さんの目の前にいる私は、再び元の30過ぎの姿に戻った。
「何それっ!?」
まぁ、……若いのだ。つい本音が飛び出してしまうのも、無理からぬことだろう。
私は彼女にニコリと微笑み返した。
そうしたら、……ね。
何と、彼女の目に大粒の涙がこぼれてきたのだ。
「ごめん~っ、なぁさぁ~いぃっ!!」
さすがは、創作者だ。とても感受性の強い子なのだろう。
思わずフッと、小さく鼻で笑ってしまったよ。
「おがぁ~しぃでぇすぁ~っ(おかしいですか)?」
私はコホンと咳をひとつ吐くと、……。
「英子さんのような美人さんでも、そんな顔をなさるんですね」
「おがぁ~しぃでぇすぁ~っ(おかしいですか)?」
英子さんは、再び同じ質問を繰り返す。
「いいえ。それでこそ英子さんです。あなたを選んだ我々の目に、いささかの狂いもなかった!」
そう言って、私はニッコリと笑みを作った。
「魁!暗躍オジさん!!」をお読み頂き、ありがとうございます!
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