07 我々の計画に、ぜひとも参加して頂けませんか?
対象者(大藪英子)の入院先の医者の話によると、……。
ケガそのものは、ホンの擦り傷程度とのことだった。
でも医者は、対象者が栄養失調と過労を回復させるため、しばらくの間入院が必要とした。
このままでは、肺炎や結核にだってなる可能性もあったそうなのだが、……。
あの事故から、10日ほど経過した。
一昨日より対象者は個室を離れ、大部屋で他の患者さん達とベッドを並べている状態だ。
私(茂吉)は、本日もまた昼の15時過ぎに彼女の病室を訪ねていた。
「こんにちは、英子さん。お加減はいかがですか?」
笑顔で女性ばかりの大部屋に入室すると、中の雰囲気があっという間に賑やかになる。
大部屋の患者さん達は、若い女性もいれば中年から初老の方もいて、……。
私が頻繁に見舞いに伺うものだから、「一体、あの人は何者なの?」と、そんな囁き声が聞こえてくる。
「斎木さん、……いつも申しワケありません。この『命』を救って頂いた上に、……」
その言葉に、大部屋の中の雰囲気が一気に騒々しくなる。
英子さんの2つ隣りのベッドの女の子なんて、「きゃーっ」と、黄色い声を上げるほどだ。
周りが聞き耳を立てているのがワカったので、正直、弱るところなのだが、……。
すると、……。
「大藪さん、面会室に移動して貰っていいですか?」
若い看護師の女性が、私にひとつ頷いた後、英子さんにそう伝えてきた。
「すみません、病室でうるさくしちゃって」
そう言って英子さんが詫びを入れると、相手は軽く笑顔で顔を左右に小さく振った。
「英子さん、……それではいきましょうか?」
「はい」
こちらが促すと、彼女はひとつ頷いて起き上がる。
最近では、一人で立ち上がることもできるようになり、フロアの端の部屋くらいなら、車椅子に乗らずに、歩いていくことができるようだ。
私が右手を彼女の肩に添えると、英子さんは少しだけ照れたように、小声で「ありがとうございます」といって立ち上がった。
「きゃーっ、エスコートよ!」
すると、わいわいと、病室全体が更に色めき立ってしまった。
2人で面会室に移動すると、……。
私はさっそく、いつも持ち歩いている黒い本革のカバンから、A4サイズのプラスチックの書類入れを取り出して、そっとテーブルの上に置いた。
「斎木さん、……これは?」
「はい、……実はですね、……」
私はそう言って、プリントアウトした私個人のウエブ日記のトップ画像を指差した。
「……」
すると、彼女は少しだけ表情を硬くする。
「英子さん、これはね、……。まだ世間には公開してはマズい風景なんです!」
目を丸くしてこちらの表情を窺う対象者に、私はなおも続ける。
「これはね、私がとある国家の、その王都を写真で納めたものなんです」
「へぇーっ。写真なんですね? 最新のCGかと思っていました。一体、どこの国の何という名前の王都なんですか?」
「英子さん、……。あなたはね、いささか我々の世界に踏み込み過ぎてしまった!」
「……」
こちらの言葉に、彼女はいくばくかの憂いの表情を浮かべる。
「まぁ、……そもそも入院中でお気持ちが弱っているところに、話していいことなのかどうか、……。ウチの役所(本社)でも、上役達がふたつに意見が割れてしまいましてな!」
英子さんは今回の件で、私に世話になっていると思っている節がある。
だから、彼女自身の都合でこちらの立場を悪くさせたくなかったし、できれば力になりたいと思っているのかもしれない。
すると、……。
「もちろん、お話を伺います。お気になさらず、私にお伝え下さい!」
そう言って、私にきちんと頭を下げた。
「それでしたら、英子さんにきちんと順を追って説明したいと思います。よろしいですね?」
「はい。お願いします」
では、……切り出すとするか。
「実はですな。私は過去から現在にかけて、とある王国と関わっておりましてね。その国の豊かな資源と日本国の技術を相互に交流させて、共に発展できないかと、……。そんな計画に参加しております」
「……」
ふむ。いくぶん表情が和らいだような、……。
このまま、話を続けても問題なかろう。
「今はまだその国について、詳しくお話をすることができません。我々の計画にご賛同頂き、快くお付き合い頂ける方のみに、その詳細を話そうと思っております」
「……」
「英子さんもご存じのように、私は自身のウエブ日記を部分的に公開しております。そもそもこちらのアドレスは、主要な検索サイトでは見つけることができません。英子さんは、どちらでお知りになりましたか?」
「……」
彼女は、黙ってこちらの目の色を窺っていた。
ふむ、……。
ここで彼女の親友役を長年務めてきた、社外協力員の緑子さんから教わったとバカ正直にバラすようでは、到底この仕事を任せるワケにはいかないのだけどな、……。
「友人から、……。それでは、イケませんか?」
「……」
ナイス! パーフェクトだ!
思わず、ニッコリと笑顔でひとつ頷いてしまったよ。
すると、彼女はホッと溜息をひとつ吐いて、胸元を押さえているな。
では、先に話を進めさせて貰うとしようか。
「もうお気づきと思いますが、……。ウチの役所(本社)には、協力者が複数在籍しておりましてな。そのウチの何名かが、英子さんの担当をしております。ざっくばらんに申し上げると、……。数年前、大学の卒展の頃から、英子さんに注目させて頂いておりましてな!」
「……」
その言葉に、英子さんは目を丸くした。
「ウチの役所では、英子さんの作品が素晴らしいと考え、以前より計画に参加願えないか、話が進んでおりました」
「斎木さん、そうお褒め頂いて、作家冥利に尽きます。ですが、私がモチーフにする作品は、その多くが『異世界』をテーマにしております。そこのところは、どうなのでしょうか?」
「『異世界』。ふむ、例えばトールキンの描く世界のようなものですかね?」
「えぇ、そうです。私は海外のファンタジー描写に感銘を受け、鼓舞されております」
「では、学生時分から英子さんの評価が高かったのは、その表現モチーフのためだと?」
「はい。ですが学生の時分、少々軽はずみと申しますか、私はそのアイデアを、研究室の知人複数名に、何ら隠すことなく公開しておりましたので、……」
「えぇ、存じております。それで、進学のチャンスを奪われなさったワケですよね?」
「え、えぇ、……。まぁ、有体に言えば……」
「その後、いくつかのアルバイトを掛け持ちして、何とか創作活動に励んでなさった。2年前の『美学院展』でお出しになった作品は、こちらですよね?」
私はそう言って、その作品をA4版にプリントアウトしたものを英子さんに見せた。
「えぇ、こちらです。画商を通じて、仙台の男性の方に購入頂いたと伺っておりますが、……」
「現在その作品は、東北支部の会議室に、こうして飾らせて頂いておりますよ」
「……」
こちらの言葉に、彼女は眉間に皺を寄せて、何かを考え込んだ様子。
まぁ、このまま話を進めさせて貰おう。
「つまり、英子さんのお描きになる世界は、我々がこうあって欲しいという表現にマッチしているんです。後はタイミングを見て、ウチの役所にご参加頂けないか、……。そこまで話は進んでおりました」
「……」
「そこで、……今回の件なのですが」
そう言って、私が次に出した書類は、英子さんの最新作。
今回の「エース展」では「選外」、「落選」の措置をした、あの作品だ。
「えっ!? えぇ――っ!?」
英子さんはその書類を掴み取ると、……。
それから、私の顔をキッと睨んだ。
「一体、どういうことですかっ!?」
英子さんが怒るのも無理はない。
だが、……ね。こちらにも言い分はあると思いたいね。
「英子さん、あなたはせっかくの力作が、『選外』、『落選』してしまって、随分がっくりきたことでしょう。でも、……ね。あのウエブ日記のトップページの写真、あの風景を描くのは、正直かなりマズかった! まだ、一般には出てはイケなかったんです!」
「……」
その言葉に、英子さんは憮然としてこちらをキツく睨んだ。
そんなにマズいのなら、何でわざわざウエブで公開しているのか?
もちろん勘所はちゃんと外して、配慮したくらいに思っている、そんな表情だな。
「……、ですから、私どもの会社の上役たちが皆で協議した上で、不本意ながら英子さんの作品を『落選』とさせて貰ったんです!」
「えっ!?」
英子さんは驚くと同時に、怒りで頭の中がクラクラでもしたのだろうか?
少しよろけながら立ち上がって、私の胸倉をギュッと掴んだ。
「何でなのよっ!? あの作品にっ、私は本気で『命』を懸けていたっ!!」
英子さんにとって、後にも先にも、これほどまでの「怒り」に身を焼かれたことはないのかもしれない。
「何、……で、なの、……よぉっ!」
「英子さんの作品は、我々にとって、質、内容、コンセプト共にとても理想的です!」
「……、何よぉ」
「英子さん。最初に申したとおりです。これから我々の計画に、ぜひとも参加して頂けませんか?」
そう言って、私は英子さんに正式に打診する。
「なぜ、……私、なのですか?」
「英子さんっ。あなただからですっ!」
そう言って、私は英子さんの右手を両手でしっかりと握った。
すると、英子さんは肩をビクンと跳ねさせた後、……。
「くっ、……殺せ!」
英子さんは顔を真っ赤にさせながら、漸く呟いた。
「殺しません。英子さんには、これから私達と共に、大いに活躍して頂きます!」
私はこれを逃したら、二度とチャンスがないと見極めると、……。
誠心誠意、彼女に訴えた。
「ワカりましたよ。詳しい話をお聞かせ下さい!」
英子さんは小声ながらも、私の話を受け容れて下さった。
「魁!暗躍オジさん!!」をお読み頂き、ありがとうございます!
斎木茂吉の活躍や、仲間たちとの冒険を楽しんで頂けたら嬉しいです!
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