06 もう疲れた。もう少しだけ寝かせて、……
私(茂吉)はいつもの調子で、深夜の店の裏の荷捌き場にて、休憩時間の対象者(大藪英子)と缶コーヒーを片手に話をしていた。
「……、英子さん。コンテストに、作品間に合ったんですね?」
「はい。何とか出来上がりました」
対象者は目の下にクマがあるものの、晴れやかな表情で微笑む。
その表情は、若者らしく自信と不安の入り混じったような、……。
思わず、こちらが応援したくなるような素晴らしいものだった。
「へぇ~っ、それは楽しみです。『エース展』ですよね? 私も鑑賞にいこうかな?」
「えぇ、ぜひぜひ。私の、……渾身の作です!」
「ほぅ!」
ここ最近は対象者とお互いに距離が近くなり、……。良好な関係を保ちつつあるとみていいだろう。
今回、対象者、英子が参加したコンテスト、「エース展」は、毎年8月第一週から10日ほど開かれる美術団体展だ。
会場は、上野公園内にある東京都美術館。
英子の参加する「洋画」の他に、「日本画」、「彫刻」、「書」、「工芸美術」の5部門が展示される。
公募展のため、エース展会員の作品と共に一般の部も陳列され、約2000点の中から優れた作品には、入選や特選が選ばれることになるのだが、……。
私は役所(本社)に戻って仮眠室で3時間ほど睡眠を取った後、……。
「さて、……と」
さっそく開催の準備で忙しい、現地の会場まで足を運んだ。
事務局に入室すると、初老の男性が面談席で待ち構えていた。
「あぁ、……。斎木さん。ようこそ、お出で下さった!」
「いえいえ、私も楽しみにしている絵描きさんがおりますので、……」
「ほぅ? とりあえず、席にお掛け下さい!」
そう言って、その男性は傍のソファーから立ち上がって、こちらが席に着くのを促した。
お互いに笑顔で相手の目を見ると、その男性はおもむろに話しかけてきた。
「こちらが、当コンテストの作品の目録となります」
「ほぅ。拝見させて頂きます!」
私が目を通していると、……。「洋画」の入選作のところに、制作者の大藪英子の名と作品名が載っている。
さすがだ。まだ25歳にして、この大きな公募で入選を勝ち取ったのだから。
おそらく、今後の彼女の創作者としての人生は、実りあるものになると期待できた。
ふむ、……。これなら、大変残念なことではあるが、彼女の異世界ゆきは諦めざるを得ないか、……。
「何と、大藪英子さんでしたか? 大変素晴らしい出来と、事務局でも満場一致で入選に決めさせて頂きましたよ! では、もう会場に展示をしておりますから、ご案内しましょう!」
「お忙しいところ、お手数をお掛けします!」
私が事務局の主催者とともに会場内を進んでいくと、……。
丁度展示の準備に大忙しのところで、あちこちで多くの人が動き回っていた。
「今年は、当たり年でしたよ。若手の特に優れた作品が、いくつもございましてな!」
「ほぅ? それはますます楽しみです!」
そして、案内された先に、件の作品があった。
「こちらです、斎木さん。あなたが最初の鑑賞者になりますね!」
「はい、……」
これは、一体どうしたことだ。
その大藪英子の100号の作品は、彼女の得意とする異世界のとある街の風景だった。
賑やかな大通りに、多くの様々な人種が行き交い、並ぶ店々には様々な商品でいっぱいだ。
「……」
まるで、私がヤムントの王都の現地にて見てきた風景を切り取ったような構図で、大変現実感があり、……。
まさに、ウエブ日記に載せた王都の写真を、更に解像度を上げたような作品に仕上がっていたのだ。
「ふむ、……」
彼女の理解力の高さは、大変目を見張るものだった。
だが、しかし、……。
まだ異世界の情報開示前の段階で、この作品を世に出すワケにはいかなかった。
「大変、素晴らしい作品でしょう? 今後、我々は全面的に彼女を後援していく予定でおります!」
「申しワケありませんが、……。本作を陳列から外して頂けますか?」
「えっ!? どうしてですかっ!?」
ギョッとした表情を浮かべる主催者だったが、……。
私のあまりにも理不尽な物言いに、段々と腹が据えかねたような表情に変っていく。
「ざっくばらんに申しますとね、……。大藪英子さんの作品は、こちらのコンテストの規約に違反した表現があったため、選外とさせて頂きたいのですな!」
「えっ!? 規約って? ただ、……。架空の街の風景を描いただけなのに?」
「第〇〇条XX項、社会不安を惹起する表現、主に公序良俗に反する表現を厳に禁ずるものとする、……。大藪英子の作品は、この規約に違反しているのでね!」
「そんな、バカな、……。大体、それを決めるのは斎木さん、あなたではない。我々運営に権限がある!」
激高する主催者だが、それは私も同じ考えだ。
「もし、このまま本作を取り下げないのなら、我々もその権限を以て、本コンテストの中止を要請することも可能ですよ!」
これは、お願いではない。
「……」
「あくまで、事前通達です。あなたがウチの役所(本社)の総意に従って頂ければ、全て丸く収まる!」
「選外、……。つまり落選ということだな?」
「えぇ。彼女の作品は、丁重に梱包してお返し下さい!」
「了解しました、……」
怒りと悲しみのない交ぜになったような、苦渋の決断を迫られたその表情。
私は、この表情を見るのが、もう慣れっこになっていた。
その日の、深夜の話だ。
対象者はいつもと変わらず、地下鉄の中で少しだけ寝てから、深夜のコンビニで、オールナイトで働いていた。
「もう、満身創痍だな、……」
私はそんな彼女の様子を、一晩中監視していた。
漸くバイトを終えて、彼女が意識朦朧と夜明け前の店の外に出たところ、……。
折悪しく、大型のダンプカーが店の前の都道を猛スピードで走ってきた。
けたたましくクラクションが鳴り響く中、……。
彼女は腰が砕けてしまい、もう路上にまともに立っていられないように見受けられた。
クラクションの音と、ギラギラするハイビームのライトに照らされる彼女に、……。
「危ないっ!!」
私は叫びながら、彼女に向って飛び付いた。
そのまま勢いよく宙を舞い、路面をゴロゴロと転がっていく。
その直後、大型車両の急ブレーキの音が、夜明け前のコンクリートジャングルに響き渡る。
「大藪さんっ!? 大丈夫ですかっ!?」
急ブレーキの音に、店員達が大騒ぎで店を飛び出してくる。
何とか、路肩に倒れて難を逃れることができたようだ。
「救急車っ、救急車、早くっ!!」
英子と同じシフトの学生バイトの子が、救急車をコールする中、……。
私は彼女に対し、直ぐにやるべき救護処置を施していく。
視点の曖昧な目で、彼女はその一部始終を眺めている。
「大丈夫ですか? 大藪さんっ!!」
私が叫ぶと、彼女はぼんやりと私を見つめながら、……。
「あぁ、……。助けてくれたのは、いつもの常連さんだったか、……」
「英子さんっ、しっかり! 気を保ってっ!!」
「もう疲れた。もう少しだけ寝かせて、……」
英子はそう呟くと、小さく寝息を立て始めた。
「魁!暗躍オジさん!!」をお読み頂き、ありがとうございます!
斎木茂吉の活躍や、仲間たちとの冒険を楽しんで頂けたら嬉しいです!
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