05 私は絵を描いているんです
『斎木さん、例の子が、ウチ(コンビニ)の深夜バイトに応募してきました!』
数日後、役所の協力企業であるコンビニの店長から、夕方頃連絡が入った。
これは、幸先がいい。
私(茂吉)は心の中で、軽く快哉の声を上げた。
「それは良かった。面接の際には私も伺わせて頂きますが、構いませんか?」
『えっ!? 斎木さんも一緒に面接をされるのですかね?』
「いえいえ。私は奥のバックヤードのモニターから、一部始終を拝見させて頂ければよろしいのですが、……」
確か、前回の時もそうだったな、……。
『了解しました。なら、いつものとおりにスペースを空けておきますので!』
「ご協力感謝します!」
『では、また!』
回線切断の電子音が響くのを聞きながら、私は受話器を置く。
「よしっ!」
こちらの思惑どおり、大藪英子(対象者)は私のウエブ日記に載っていたコンビニでバイトをしようと考えてくれたようだ。
翌日の午後、私は役所(本社)の建物を出ると、件の店の面接会場まで足を運んだ。
バックヤードから中に入ると、そのまま倉庫室に直行する。
「……」
さてさて、……。もうそろそろ始まる頃だな。
私は蛍光灯の下、3つ並ぶモニター越しに、隣室の面接の様子を窺うことにした。
画面には、肩までかかった黒髪の若い女性が、店長とテーブルを挟んで向かい合って座っている。
ふむ。服装はブルージーンズに半袖の白のブラウス姿と、比較的大人しめではあるか。
軽い挨拶の後、面接は開始された。
『キミは、普段何をされてるのかな?』
店長の質問の第一声が、それだ。
すると、今回バイトの面接にやってきた大藪英子は、……。
『私は、絵描きです!』
ホンと、正直な子だ。
下手に隠さないところが、清々(すがすが)しい。
私はモニター越しに対象者の表情を窺う。
「……」
美しい、何より目立つ外見の子だ。
その顔の造作だけでなく、表情が多彩で豊かだ。
店長の質問にハキハキと答え、明朗闊達な様子に好感が持てた。
際立つのは、彼女の瞳の持つ迫力だろうか?
社外協力員の緑子さんによると、対象者は学生時代、多くの浮名を流すも、でも極めて堅実な生活を心がけていたのだとか、……。
まぁ、並の男なら、彼女の迫力に負けて萎縮するのがオチだろうな。
そもそも、MOMO和光脳科学研究所仕込みのスキル完全記憶能力持ちなら、彼女は常人とは違った風景が見えていたことだろう。
おそらく、真の孤独にも耐えられる、そんな強い子なのではないかな、……。
そろそろ面接が終わりに差し掛かった頃、……。
『あぁ、そういえば、……』
店長は顎に手をやって、何かを気にする表情を浮かべた。
その表情に、対象者は即座にピッと意識を向けた。
「……」
ふむ、抜け目ないな。これは、合格だろうと思った。
私はその日の夕方早くに、アルバイト内定の電話を店長にさせた。
対象者の勤め始める週明けから、夜食を買いに伺うのが、毎回楽しみになりそうだな。
その翌週の3時頃、私は夜食を買う名目で役所を抜け出した。
深夜の霞が関は、人どおりはおろか、車が往来を走っていることも稀だ。
私は職業柄、黒やダーク系のスーツ姿になることが多く、この日もそんな格好をしていた。
地味かな? まぁ、あまり目立つのも良くないしな、……。
店長からは、対象者が仕事の覚えが早く大変優秀だと報告を受けている。
少しだけ浮き立つ気持ちを抑えつつ、私は煌々と明るい店内に足を運んだ。
さて、……。
対象者は、店でどんな風に過ごしているのだろうか?
そんなことを思っていると、店のレジの方から、……。
「寝ないと、死にますよ!」
そんな声が聞こえてきた。
えっ!? どういうこと!?
声の主は、対象者の同僚の外国人で、……。
確か、アブドゥール君だったか。後で、店長を通して話を訊いておこう。
すると、直ぐさま店員同士の会話を止めると、「「いらっしゃいませ!」」という、明るい快活な挨拶をしてきた。
私が笑顔を作ってひとつ頷くと、……。
「目が合っちゃった」
対象者の、そんな小さな声が私の耳元に届いた。
その翌週のことだ。
対象者が段々と仕事や職場に慣れてきたという報告を受けて、……。
私は再び様子を見に、深夜の店に訪れた。
すると、彼女は慣れた調子で店の窓を拭いているところだった。
「なかなか、精が出ますな?」
客のこちらから声をかけても、返事をしない店員も多いものだが、……。
「ぷふっ、いまどき『精が出ます』って? 何だか古臭いですね?」
おぉっ、なかなかいい反応だ。
「はははっ。夜中でも一生懸命働かれていて、感心したものですから、……」
「それは、お互い様ですよ」
彼女は愛らしい大きな瞳で、くすぐったそうな笑顔をする。
「そうですな」
私は、この対象者とは、おそらく気が合いそうだなぁと思った。
それから2週間の後、……。
私と対象者は、ある程度話をするくらいの関係を築くようになっていた。
「私は絵を描いているんです」
こっそりと、対象者は私に教えてくれた。
思わず、こちらも笑顔で「大藪さん、応援していますよ!」と告げる。
「……」
すると、彼女は一瞬、キョトンとした表情を浮かべる。
私は、店の制服姿の彼女の胸元のネームプレートを、スッと指差した。
「いやいや、こちらの店長さんが、私に教えてくれたんですよ」
「えぇっ、個人情報漏洩!? 公務員の皆さんは、その辺り、とっても厳しいんじゃないんですかぁ?」
対象者は、笑顔を作ってそう訴えてくる。
コロコロと表情の変わる、いまどき珍しい子という緑子さんの説明が、かなり正しいように感じられた。
「ふふふっ、すみません。でも、英子さんも、私が公務員だとお知りのようですが?」
「ふふっ。私も、店長さんから伺ったものでして、……」
そう言って、お互いに笑い合う。
どうやら彼女は、店長が気を利かせて私に伝えたのだと思ったようだ。
「もし、よろしければ、……なのですが。名刺とかあれば、頂くことはできませんか?」
ここで、……。
対象者は少しだけ踏み込んで、私という常連客に接しようと思ったようだ。
だが、それはできない相談だ。
私はゆっくりと頭を左右に振って、「申しワケありませんが、……」といって、こちらの名前を伝えることはしなかった。
役職上、名前をどうしても伝えることができないのでね、……。
「まぁ、……そうですよね。すみません、踏み込み過ぎました」
「……」
まぁ、対象者はあの美貌だ。
これまで男性に対して、いろいろなことを相手に伝えて、それが叶わないことはほとんどなかったのだろう。
もしかすると、今回の件では、ちょっとだけその小さな自信がぐらつくこともあるのかもしれないな。
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