03 なら、次はこの子の出番か
ヤムント国現地時間、8月9日11時50分。
バルディ男爵領はずれのオムラ渓谷にて、……。
私(茂吉)は、左手首に装着したクロノグラフの腕時計をじっと見つめる。
一秒ごとに、5つの秒針が時を刻む。
それは、日本とヤムントの現地時刻を同時に表すことができるため、両世界を跨ぐ異世界転移には必須のアイテムだと言えた。
私は正午ジャストの次元振動のタイミングに合わせ、車両のエンジンをかけたまま、異世界門の前で待機しているところだ。
何とはなしに、後部座席に安置した袋をちらりと見る。
ホンの先ほどまで、血気盛んな若者だった男のなれの果て、……。
幸い彼には身寄りがなかったため、こちらの方で一元的に処理することが可能だ。
「……」
車内は心臓にくる、低く重いエンジン音のみが響いている。
さて、……。
次の人選は、もっと慎重に行わないとな。
私はその待機時間、予め用意した資料や報告書に目を通して過ごしていた。
「……」
その報告書は、社外協力員の緑子さんが、私にどうしてもといって、強く推してきたものだったのだが、……。
「ふむ、……。なら、次はこの子の出番か、……」
大藪英子。女性。1975年生まれ、25歳。鹿児島県出身。
都内の美大を卒業後、フリーランスの絵描きとして生計を立てている。
「現在25歳。いわゆる氷河期世代、……か」
幼少期において、東京のMOMO和光脳科学研究所の被験者として所属、……。
「スキル『完全記憶能力』持ちか、……」
大いに期待できそうではあるのだが、……。
とはいえ、まだ女性クリエーターを異世界ゆきの計画に参加させたことはないので、その辺りのリスクが気がかりでもある。
すると正午になり、腕時計のアラームが鳴るや否や、……。
辺り一帯の大気が振動を起こす中、忽然とその異世界門は現れた。
私は手元の資料を助手席に置くと、暗くぼっかりと開いたその先に車両を進めていく。
オムラ渓谷では燦燦と陽光が輝いていたのだが、異世界門の先は大変暗い。
そのトンネルの内部を、前照灯を頼りに前へ前へと進んでいくと、……。
漸く白い点のようなものが、遠くの方に見えてきた。
「……」
やれやれ、……。異世界門を潜る際は、いつでも緊張を強いられる。
その白い点は段々と大きくなってゆき、ついには光となってこちらの目に直接刺さってきた。
異世界門の出口を抜けると、そこは東京の霞が関のとある神社の境内の中。
6月9日の午前0時を少し回ったところで、周囲は大変暗いのだけど、……。
東京の本部スタッフが、数台の車両の前照灯で異世界門を照らし出していたのだ。
私が車両を止めると、そのウチの何名かが、こちらに近付いてくる。
私は窓を開けて、背広服姿の相手をじっと見た。
「お疲れ様です、斎木さん。現地では如何でしたか?」
「いつもと、さほど変わりありませんでしたな!」
すると、傍らの者が後部座席に安置した袋を懐中電灯で照らした。
「……」
「後は、こちらで処理しておきます。明朝8時にミーティングを行いますので、それまで官舎でお休みになって下さい!」
「了解しました!」
私は車外に出ると、そのまま近隣の官舎まで徒歩で歩いていく。
現在、東京は6月の半ば。おそらく梅雨の合間の晴れなのだろう。
路面は濡れて、交通信号の光を反映しているが、空は雲ひとつ浮いてなかった。
「ふむ、……」
私は空腹に襲われ、近くのコンビニに足を運ぶ。
実を言うと、その店は、ウチの役所(会社)が人選した店員達によって運営されている。
明るい店内には、日本の流行歌が流れ、整然と陳列された豊富な食材の中から、おにぎりなどの軽食を選んで購入していく。
店番は店長自らが行っていた。
彼もまた、社外協力員だ。
公務員ではないものの、異世界ゆきの人選を行う際、ここで大いに力になって貰っている。
「斎木さん、久しぶりの帰国ですな? また、いつもの、……ですか?」
「えぇ、次もよろしくお願いします!」
会計を済ませて外に出ると、……。
突然、数か月ぶりに携帯電話の着信音が鳴った。
液晶画面には「緑子」とある。
「……」
この名前が本名なのかコードネームなのか、私にはワカらない。
ただ、私の帰国とともに直ぐさま連絡を寄こしたところをみると、……。
彼女が推している絵描きは、相当に優秀なのではないかと思われた。
「はい、斎木です」
『夜分に失礼します。緑子です!』
かなり張り切っている声だな。
いつもの冷静沈着な彼女からすると、それはいささか意外なことのように思われた。
「次の人選についての連絡でしょうか?」
『はい。前回の、……。ヤムントゆきの前にお渡しした、資料のとおりです!』
「拝見しました。大藪英子は、MOMO出身でしたか、……」
『はい。次回に即応できるよう、こちらでもう手配済みです!』
「……」
ふむ、……。若干、勇み足に感じられなくもないが、……。
『先日居酒屋で彼女に会った際、斎木さんのウェブ日記をプリントアウトして渡しています。その後のサイトへのアクセスログから、彼女は何度もサイトに訪問しているようです!』
「なるほど、……。では、何か気になる点はありましたか?」
できれば率直に、包み隠さず伝えて欲しいものだが、……。
『はい。実は、……。大藪英子は、かなりの金欠です。有力な若手クリエーターの集まる飲み会にも拘わらず、彼女は碌に風呂も入らずに、メイクだけして会に参加しています』
「……」
クリエーターあるあるなのか、……。
『私が話を振ったところ、どうやら大いに関心を示したように見受けられました。おそらく数日中には、例のコンビニにまで辿り着くのではないかと思われます!』
「了解しました。引き続き、大藪英子の観察を継続して下さい!」
『了解致しました!』
そう言って、向こうから通話を切った。
「……」
それからしばらくの間、……。
回線切断の電子音が、私の耳元にじっと響いていた。
「魁!暗躍オジさん!!」をお読み頂き、ありがとうございます!
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