19 深夜の抗戦 後
現地時間、午前六時。
クロノグラフを見ると、戦闘が始まってから早くも2時間が経過していた。
辺りは、そろそろ明るくなりつつある。夜明けまで、もうひと踏ん張りだ。
第一陣の雑兵のゴブリンを撃破した後、……。
第二陣のゴブリンライダーの波状攻撃も、私(茂吉)のライフルによる遠距離狙撃、更には男性陣の弓兵による射撃で、ほぼ全て鎮圧していた。
残りは総大将のホブゴブリンと、数体の中隊長クラスのゴブリン達。現在のところ、この魔物達に撤退の意志はない様子だ。
そして、……ここ30分は、戦局がまさに小康状態になっていると言えるのだろう。
「もう直ぐ朝ですな、……」
暗視双眼鏡を覗き見るバルディ男爵が、そう呟いた。
そろそろ遠くに聳えるフォルナ山の端から、太陽が少しずつだが、上りつつあるのが確認できた。
「そうです、……な」
こちらも深く長いため息を吐くと、お互いに額の汗を手の甲で拭った。
これまでに男性陣で数名が負傷。女性陣の中には、幸いなことに負傷者は出ていない。
私は、スコープで英子さんの様子を探った。
女性陣のほぼ中央にいて、奥方と何ごとか話をしているようだ。
その表情はまだ笑顔からは程遠く、彼女達が集中力を途切らせていないことが窺えた。
なかなか以て、やはり彼女は相当の逸材だな。
この数時間の戦闘にも無事参加し、確実に経験値を獲得している。
私は瀬田少佐殿の命令に背いてでも、彼女を隔離するつもりでいたのだが、……。
どうやら、それは杞憂に終わりそうに思われた。
おや!?
すると、英子さんは奥方らと話を終えると、女性陣の輪から少し離れたところにある、ゴブリンの死体を積んだ箇所に向かっていくのだ。
彼女はその死体の山を、しばらくの間腕組みをしてじっと見つめていたのだが、……。
胸ポケットからメモ帳を取り出すと、そのデッサンをさっそく始めていた。
「エイコ殿は、一体何をされているのか?」
傍らにいるバルディ男爵が、怪訝そうな表情で訊ねてくる。
「記録ですよ。私は絵師の彼女に、日本でその仕事をするように依頼していますので、……」
「ニホンの女性は、つくづく職務に忠実なのですな?」
「まぁ、……。彼女は、それだけ特別なのでしょう!」
お互いに軽く笑い合った後、我々は再び前線のゴブリン陣営に目を移した。
ふむ、……。中隊長クラスが、それぞれ単騎で進出してきたな。
では、再び始めるとするか。
私がライフルを構えると、男爵が観測手役を買って出る。
「前方、中隊長クラスゴブリンライダー3騎進出、右からやる。距離300、単射……」
「照準よし、風向よし」
「発射!」
甲高いパァンという発射音と共に、第一騎目を撃破。
すかさず、次に狙いを定める。
「中央、ほぼ同距離……。照準よし、発射!」
次弾の発射音の後、耳を指で塞ぎながら男爵が、……。
「二騎目も撃破ですな!」
そう言うと、傍の弓兵と伝令の青年が「おぉ――っ!」と色めき立つ。
「最後、左の三騎目、同距離……。照準よし、発射!」
その発射音の後、……。
防壁の上では、撃破を視認した男達が「おぉ~~っ!!」と、もう大いに盛り上がっている。
そのまま、散発的にやぐらの上からライフル射撃を繰り返す。
私は通常と変わりなく、卒なく撃ち込んでいる。遠方からは、ゴブリンの断末魔の叫び声が、防壁のこちら側まで届いてくる。
さて、……。このまま戦闘が幕引きになるとありがたいのだがな。
そんなことを思いつつ、鳥撃ちの感覚で粛々と作業を進めていると、……。
「ウッギャアアアアアァァァ――――ッッ!!」
敵の総大将クラスのホブゴブリンと中隊長クラスの残騎が、大きく絶叫しながら邸の防壁目がけて突進してきたのだ。
「ついに、きましたなっ!」
観測手役の男爵が叫ぶ。
やぐらにいる男達の動揺が、ライフルを構えたままの姿勢の私にまで、直に伝わってくる。
「何だよ、……アレ!?」
傍らの弓兵が、呆然とした声でそう呟いていた。
身の丈4メートルほどのホブゴブリンが大きくジャンプをすると、……。
その着地の際に、地鳴りと共に辺り一帯が大きく揺れる。
その拍子に、バルディ男爵邸内に無数の悲鳴が次々と沸き起こった。
とてつもない巨体だな。
身の毛もよだつようなその姿をスコープ越しに追いつつ、私は一撃必殺の弱点を探っていた。
「ウッギャアアアアアァァァ――――ッッ!!」
ホブゴブリンは次々と絶叫し、邸の防壁目がけて体当たりをする勢いで、駆け込んでくる。
防壁の上に立つ男性陣は、大慌てになって叫び出したり、……。
弓兵が恐怖に駆られて、矢継ぎ早に矢を番えたり、……。
ホブゴブリンの巨体の進行で強く地響きを立てるものだから、中庭の女性陣にまで恐怖が伝染して、大騒ぎになっている。
「……」
ふむ。中庭にいる女性陣にまで、男性陣の余裕のなさが伝染しおったか。
これでは掴みかけの勝利すら、取りこぼしかねんな。
「サイキ殿、前方にホブゴブリンが単体で進出、距離350、単射……」
いいだろう!
「照準よし、風向よし」
「発射!」
ターンという発砲音がひとつする。
その数秒後、地鳴りと振動を伴いながら、防壁の向こうに大きく土煙が上がった。
「サイキ殿、大将首の眉間に一発、……。ヘッドショットですな!」
「えぇ、そのとおりです。これで、状況完了ですかな?」
「はい。ご助力、大変感謝致します!」
それからしばらくの間、辺り一帯に沈黙が続いた。
バルディ男爵邸の誰もが息を飲む中、その250名の意識がひとつになったところで、……。
「者どもっ、勝鬨を上げろぉぉ―――っ!!」
バルディ男爵の、空気を割いて天高く届くような絶叫の後。
「「「「「「「「「「うらあああああぁぁぁ――――――っっっ!!!」」」」」」」」」」
総勢250名の魂の雄叫びが、男爵邸の四囲を轟かせた。
ふむ、……。当方の損耗ゼロだな。
泣き叫ぶ者、喜びに打ちひしがれる者、歓声がいつまでも鳴り止まない中、……。
私は相棒のライフルを担いだまま、英子さんの許へと足を運んだ。
中庭では、女性陣が泣き叫びながら勝鬨を上げていた。
すると、……。
その狂乱の最中から英子さんは一人離れたところで、ゴブリンの死体のスケッチを始めていた。
「無事でよかった!」
私はホッとして、思わず笑顔を向けると、……。
英子さんは、ハッと気づいたようにスケッチの手を止めた。
「はいっ。斎木さんもご無事で!」
満面の笑顔、……なのだが。
それとも、よっぽど肝が据わっているのだろうか。
英子さんはそれからしばらくの間、何かに取り憑かれたかのように、熱心にスケッチに励んでいた。
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