17 早々にこの場を立ち去ることもできますよ?
中庭が静まり返る中、ここで、バルディ男爵は一拍置く。
250名の、……。男爵の家族に家臣から女中まで、その全ての者の目が、男爵の一身に注がれると、……。
「者どもっ、目ぇを覚ませぇぇ―――っ!!」
再び、バルディ男爵はそう絶叫した。
「ここ男爵家には、本日ニホン国より最重要人物がお二人ご訪問なさっておる。ならば、我々ヤムント貴族とその一門250名が誉れを見せんと、ここで粉骨砕身たる心意気を見せねばならぬのだぁ――っ!!」
「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」
緊張に、静まり返る中庭。
ふむ、さすがだな。
気勢の上げ方が、なかなか上手いものだ、……と私(茂吉)は思った。
ちらりと横を見たところ、……。
少しだけ頬を上気させた英子さんが、その言葉のひとつひとつにうんうんと頷いている。
おそらく、ここにいる男爵一門250名全てが、当主の檄に触れ、己の内奥に潜む気概に音もなく火が灯ったに違いない。
その場を支配する、息を飲むような集中力に導かれ、……。
ついに、中庭の250名の意識がひとつにまとまったところで、……。
「者どもっ、我に続けぇぇ―――っ!!」
バルディ男爵の、空気を割いて天高く届くような絶叫の後。
「「「「「「「「「「うらあああああぁぁぁ――――――っっっ!!!」」」」」」」」」」
総勢250名の魂の雄叫びが、男爵邸の四囲を轟かせた。
こうして、カタルシスが一気に解き放たれたのか、もう誰も不安そうな表情を浮かべる者などいない。
男性陣は、先ほどのプレートアーマーを着た騎士を中心に防壁付近に集まり、……。
女性陣と子供達は、中庭で奥方を中心に集まっていて、……。
鋤や大鎌のような農具を持つ者、調理包丁を持つ者同士で、大いに気勢を上げていた。
「斎木さん、私達も何か手伝えませんか!? ただ見ているだけってワケにはいかないと思いますっ!!」
もしかするとだが、……。
英子さんはバルディ男爵の檄に触発されて、心の奥底の闘争本能に火が灯ったのかもしれないな、……。
ただ、このままだと少佐殿の仰るとおり、英子さんはここで参戦しなければならなくなる。
これ程の逸材を、たかがゴブリンごときで摺り潰してしまうワケにもいかないからな。
彼女の返答次第では、いくらでも上官の命令に背くことも厭わないつもりだ。
「我々だけはパジェロに乗って、早々にこの場を立ち去ることもできますよ?」
「えっ!? ダメですよね、そんなの、……」
ふむ、……。
現代っ子なのに、なかなか筋の一本通った女性だということか。
「ワカりました。では、我々も男爵に加勢するとしますか!」
「はいっ」
深夜とはいえ、直ぐに臨戦態勢に入った男爵家一門。
私は英子さんと共に男爵に助太刀して、戦闘に加わることとなった。
まぁ、英子さんは戦闘がからっきしなので、奥方や女中達と共に、男性陣の手助け(サポート)に徹して貰うのだが、……。
さて、……。
久しぶりの戦闘参加だな。
「どんな具合かね?」
私は物見やぐらを上がっていき、伝令役の青年に声をかけた。
確か、普段の彼は家令見習いを務めていたか、……。
「現在のところは、ヤツらも小康状態と言えます!」
「ふむ、……」
私は暗視双眼鏡で、周囲の状況を探った。
すると、暗闇の中に先兵らしきゴブリンを数体だけ確認できた。
「確かに、現在のところ大きな動きはないな!」
「はいっ!」
中庭の中央付近を見ると、……。
英子さんは健気にも奥方の指示に従い、調理道具のフライパンを持って、他に鋤や大鎌を持った女性達と共に待機しているようだな。
ふむ。彼女の傍らにいる女中など、先ほどからず~っと小刻みに震えているのにな。
なかなか、肝の据わった現代っ子というワケか、……。
おっ!?
英子さんは懐から装備品の短銃を取り出すと、じっと見つめている。
事前研修では、射撃はぎりぎり及第点だった。
口径も小さいし、いざとなったら銃口を口に咥えて、楽に死ぬためのお守りだ。
まぁ絶対に、私は彼女にそんな真似をさせるつもりなどないけどな。
おや!?
女性陣の中から笑い声が聞こえてくるぞ。
「あぁ~~っ、ベッドでもっとグッスリしたかったなぁ~~っ!」
そんな素っ頓狂な声で叫ぶ者がいて、女性陣がくすくすと笑い始めた。
「……」
私は、陸自の装備品のライフルを再度確認する。
薬室よし。装弾よし。スコープよし。
予備の弾倉を複数確保。
これなら、各個撃破にも対応可能だ。
再び周囲を確認すると、弓兵や騎士達がそれぞれの持ち場に就き、男爵らと連絡を取り合っている。
矢も真っ赤に熱した投石用の石も、既に十分確保している様子。
とりあえず、バルディ男爵らも防御の準備は概ね整ったようだな。
クロノグラフの時刻を見ると、夜中の3時30分を示している。
この時刻が、魔物にとって一番活動的になるタイミングなのだが、……。
再び、暗視双眼鏡で周囲を確認する。
いるな。ぞろぞろいる。先ず本隊と見て間違いないだろう。
「ゴブリンどもが現れたぞっ! おそらく本隊のお出迎えだ!」
「来たぞぉ―――っ、ゴブリンの本隊が現れたぁ―――っ!!」
物見やぐらから、邸内全域に響き渡る声で、その若い伝令が叫んだ。
それからも、次々とやぐらから大声で深刻化する状況が伝えられていく。
そして、伝令の最後の叫び、……。
「バルディ男爵邸は、全周とも完全包囲ぃ―――っ!!」
その絶叫に、男爵邸はいまだ沈黙を継続する。
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