16 実戦経験を積む良い機会と判断する
現地時間23時45分。
バルディ男爵邸、庭に駐車したパジェロより定時連絡を行う。
「ふむ、……」
私(茂吉)は運転席に着くと、さっそく車載の無線機を起動させる。
「こちら茂吉です。瀬田少佐殿、聞こえますか? どうぞ」
王宮まで信号を送ったものの、直ぐには反応がない。
「……」
それから信号を何度か送ったところ、漸く相手が出てきた。
『こちらは瀬田。定時連絡を確認する、どうぞ』
「本日夕刻より、保護対象と共にバルディ男爵邸に滞在中に付き、どうぞ!」
『了解! 何か異変など問題は生じているか? どうぞ』
ふむ。少佐殿のことだ。
もう、ある程度は耳に届いていることなのだろうが、……。
「男爵邸近隣にて、多数のゴブリン目撃証言あり、どうぞ」
こちらからの連絡の後、しばしの間、少佐殿から信号が届かない。
すると、……。
『危害が及ぶ場合、目標の強制排除を最優先する、どうぞ』
「了解しました。その際、保護対象を隔離することは可能か? どうぞ」
『不許可とする、実戦経験を積む良い機会と判断する、どうぞ』
スパルタだな。
私としては、こんな僻地で有意の若者が無駄に消費されるのは堪らないのだが、……。
でも、私には拒否権がない。
「了解しました、どうぞ」
『引き続き作戦遂行せよ、以上』
ふむ。今回の保護対象である大藪英子は、まだ戦闘経験のない若い女性だ。
少佐殿はそんな素人同然の者に、戦闘に参加させるおつもりなのか、……。
私は胸元のポケットを探って、紙巻き煙草を吸おうとした。
だが、ポケットは空のままで、先だって禁煙していたことを漸く思い出した。
「……」
やり切れないものだな。
若者は、いつの時代だって使い捨てにされる、……。
すると、……。
月光の照らす外廊下を、寝間着姿で歩いていく若い女性を見かけた。
「……」
確か、男爵邸で雇われているマギーという女中だったか。
おそらく夜中に目が覚めて、トイレに向かったのだろう。
まぁ、こうしていると平和な夜だ。
少佐殿には、あぁは伝えたものの、……。
今晩、何事も起こらなければ、何ら問題はないのだ。
私はそう思いながら、後部座席に置いた装備品のライフルの入ったバックに手を伸ばす。
これまで何千回と繰り返したとおりに、バックを開け、ライフルを再度確認する。
他にも数丁の拳銃を取り出すと、軽く撃鉄を下ろす。
その際、銃身に月光が当たり、鈍く光った。
ふむ、……。
「まぁ、コイツに用がないに越したことはないな!」
そう呟いた、次の瞬間、……。
「キャァ――――ッ!?」
外廊下の先にある母屋の裏手から、若い女性の叫び声が辺り一帯に響き渡った。
「どうしたっ!?」
思わず背筋に緊張が走る中、銃弾の仕込まれたライフルを手に取って、車外に出る。
これは、いかんなぁ、……。
「よしっ!」
気持ちを一気に切り替えると、悲鳴がした方に構えたまま駆けてゆく。
程なくして、……。
ザシュッ!! という音と共に、月光を全身に浴びた男爵達がショートソードで数匹のゴブリンを切り殺していた。
「えっ!? えぇ――っ!?」
英子さんの声だ。
傍には若い寝間着姿の女中が横たわっていて、……。
英子さんは居ても立ってもいられずに、駆け寄って抱きかかえると声をかけている。
「マギーッ、マギーッ!?」
英子さんが女性の頬を何度かピシャリとすると、相手は眉間に皺を寄せながら「うっ、うぅ~ん」と悩ましげに呻いた。
血も付いていないし、幸い気絶しているだけの様子だな。
ライフルを持った私に気付くと、男爵が声をかけてきた。
「このゴブリン達は、おそらく斥候でしょうな!」
ふむ、……。
まさに、男爵の言うとおりなのだろう。
私はライフルの撃鉄を、黙って下ろした。
次の瞬間。
「者どもっ、目ぇを覚ませぇぇ―――っ!!」
バルディ男爵が絶叫すると、みるみるウチに屋敷中の照明が次々と点いていく。
カンカンカンカンと警鐘を鳴らす者、点呼を始める者、……。
屋敷中が騒然とする中、ものの5分もしないウチに、男爵の家族に家臣から女中まで、250名全員が中庭に集合した。
ホンと、……この辺りはさすがだな。
思わず感心して見ていると、傍らの英子さんもグッと息を飲んでいる。
まさに、これこそ異世界の臨戦態勢というワケだな。
これは、実戦経験のない英子さんにとって、大変貴重な体験となるのだろう。
庭先には、鎧姿の者から寝間着姿の者まで様々だが、……。
男爵のリーダーシップが、邸全体の意識を引き締めているのが明白だった。
うん?
ふと、英子さんの現在の寝間着姿を冷静に見たところ。
「~~~!?~~~」
これは、マズいっ!!
出るとこは出て、引っ込むところは引っ込む、くびれた身体だぞ。
いくら緊急事態とはいえ、さすがにこれはどうしたものか、……。
「英子さん、これを上に羽織って下さい!」
「す、すみません!」
陸自の作業着の上着を受け取ったら、直ぐにそれを羽織って、胸元を隠している。
「者どもっ、全員揃ったかぁぁ―――っ!!」
再びバルディ男爵が絶叫すると、整列して向き合う全員が、老若男女関係なく、……。
「「「「「「「「「「おぅっ!!」」」」」」」」」」
全員でそう応じると、右足で2回、地面をズンズンと踏み鳴らした。
「者どもっ、これを見ろっ! ゴブリンだぁ―――っ!!」
完全なプレートアーマー姿の騎士が、両手で先ほど仕留めたゴブリンの死体を上に掲げると、……。
月光がその死体を静かに照らし、血がぽたぽたと床に垂れてくる。
だが、ここに集合した者の中に何事か声を発する者はなく、……とても静かなものだ。
「全部で3体、先ほど仕留めた。おそらく、これは斥候だ。ここからさほど遠くない場所に、本隊が迫っているといって間違いない!」
「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」
ふむ。案外、英子さんは肝が据わっているのか。
特段泣き出したり、喚いたりなどせず、……。
英子さんは胸元を押さえて、男爵の言葉にじっと耳を傾けていた。
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