15 日本国から派遣された絵師
「さて、……。バルディ男爵、そろそろ参りましょうか?」
私(茂吉)達男性陣は、リビング―ルームにてウイスキーグラス片手に寛いでいたのだが、……。
「まぁ、……そうですな」
男爵はひとつ頷くと、グラスを置いて立ち上がるため、私もその後に続く。
我々は光魔石の照明で隅々まで明るい屋敷内を進み、女性陣が集まっているドレスルームの前にきた。
「妻や娘がどう変わっているのか、とても楽しみですな」
「……」
私にひとつ頷くと、男爵自らドアをノックする。
そうしたら、中から若い女中がドアを開けてきた。
「旦那様、こちらでございます」
「うむ」
私は男爵の後に続いて、ドレスルームの奥に入っていく。
中にいる英子さんと、意図せず目が合った。
「……」
ひと先ず、こちらからひとつ頷くと、彼女はこくこくと2回頷いた。
本来なら、余所者の私が女性の城のようなこの部屋に入室などしてはならないはずなのだが、……。
特に、男爵も女性陣もそのようなことを気にする風でもなかった。
「しばらく時間が経ったが、……。さて、どうなったかね?」
バルディ男爵が、奥の鏡台の前に集まっている女性陣に声をかけた。
すると、……。
「お父様っ!」
ご息女がそう言って席を立つと、男爵の手を取って引っ張っていく。
私もその後についていくが、女性陣から特にイヤそうな顔をされることもなかった。
その辺りは、日本と常識が多少異なるのかもしれないな。
まぁ、それは置いておくとして、……。
「おぉ、大変お綺麗になられましたな!」
私が笑顔を作ってそう褒めたところ、……。
「忝い」
男爵は、いくぶんテレた様子で笑みを浮かべる。
英子さんの手によって化粧の施された女性陣の美しい顔立ちは、……。
大いに、自信を覗かせていた。
ふむ、……。
これならば、ヤムントガールズ・コレクションの被写体に加えてもよろしかろう。
「では、せっかくですから。ここらで撮影でもしておきましょうか?」
私はそう言って、上着から支給されたばかりの最新型の国産デジタルカメラを取り出した。
「はぁ~い、笑って、笑ってぇ~っ!」
こちらから笑顔を作って話しかけ、いつもどおりに皆さんを笑顔にさせると、……。
光魔石でライトアップされた奥方とご息女をそれぞれ撮影した後で、男爵とご子息も加わった家族写真と、この場の者全体の写真を数点パシャリとした。
「斎木さん、もしかして、これって?」
英子さんが、私に興味深そうに訊ねてくる。
「えぇ。ヤムントガールズのコレクションに、皆さんを加えようと思いまして」
そうしたら、英子さんがニッコリと微笑んだ。
その後、我々は揃って談話ルームに移動するのだが、……。
バルディ家のご子息とご息女が、嬉々とした様子で屋敷の中を案内してくれた。
邸内は光魔石の照明で隅々まで明るく、壁に設置された日本製の時計は夜の10時を示していた。
この家にはテレビとラジオ、ステレオがないだけで、雰囲気は昭和初期の日本の地方の名家だ。
「エイコ様、こちらでお話しをお聞かせになって!」
英子さんはご息女に手を取られて、談話ルームに招かれていく。
室は、日本のモジュール換算で20畳ほどの広さ。窓際には、ビリヤード台が設置されている。これは以前、私が日本から持ち込んだものだ。
ならば、……と。さっそく、ご子息と対戦を始める。
チラリと窺うと、女性陣を相手に英子さんは似顔絵を描いていて、大いに盛り上がっていた。
「素晴らしいですわ、エイコ様。まるで、王宮付きの絵師のように緻密で、ホンとそっくり……」
ご息女は感激した様子で、ご自身の似顔絵を胸元にしっかり抱き締めていた。
英子さんは、持ち前のテクニックでさらさらとバルディ男爵家の家族全員分の似顔絵を描き終えると、大層喜ばれている。
実際の話、この異世界に英子さんがくる前の研修にて、……。
現地では、似顔絵がとても珍重されていることを彼女には伝えている。
そもそも一部の有力貴族しか、王宮付きの絵師に依頼することはできない。
ましてや、バルディ男爵領のように王都から遠く離れた領地の貴族には、そんなチャンスなどほとんどないと言っていいだろう。
なら、先ほど私がデジタルカメラで皆さんを撮影したように、写真を配って回ればいいのではと思ったのだが、……。
でも、デジタルカメラは門外不出の日本産の技術であり、日本国が齎した戦略物資だ。
たとえ貴族であっても、その恩恵を安易に受けることは決して認められない。
こちらからは、こう伝えている。
「英子さんはこのヤムント国で、日本国から派遣された絵師として、活躍して頂きたい!」と。
それは英子さんにとって得意分野での採用であり、ご自身の技術が認められたようなものだ。
バルディ家のご家族に似顔絵がゆき渡った後、再び軽い談話が始まった。
バルディ男爵と私が主に話し、英子さんやご家族はこちらの話を黙って聞いていた。
「サイキ殿、……。こちらの領でも、ひとつ心配な話がありましてな」
「ほぅ。どうされましたか?」
「最近、ゴブリンが異常に発生しておるのです」
その話は、実は事前研修で英子さんにも伝えている。
ヤムント国内の名峰フォルナ山の麓、そこにあるダンジョンから、最近魔物が次々と湧き出していると。
「男爵、実はですな。我々が本日オムラ渓谷を通った際、ゴブリンの群れに遭遇したのですよ!」
「何と!」
男爵は、苦い顔を浮かべる。
訊くと、最近領内の村のいくつかが、ゴブリンの群れに襲われているとのことだった。
それから半刻後。
男爵家のご家族を交えた談話は終わり、私は英子さんの客間で軽いミーティングをして過ごしていた。
バルディ男爵領は、魔物の大量発生に耐えられる体力がない、……。
つまり、一度魔物の群れに襲われたら最後、この領は吹けば飛んで消滅してしまうのだと、……。
私は厳然たる事実を、英子さんに正直に話していた。
「英子さん、……。ですが、バルディ男爵領は戦後復興期で、予算と人手がまだまだ足りていないんですな!」
「そうでしたか、……」
こちらの言葉に、英子さんは神妙な顔をする。
「ですから、まだ、……。現状では、自領で防衛システムを構築できておりません!」
「ワカりました。就寝時間の前に、申しワケありません」
「いえいえ、構いませんよ。お休みなさい」
「お休みなさい」
私は笑顔を作ると、英子さんのいる客間を後にした。
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