14 バルディ男爵邸にて
「夜分に忝い。以前話したとおり、私とこの女性を、一晩そちらの屋敷に泊まらせて頂きたいのだが、……」
バルディ男爵邸の玄関先にて、私(茂吉)の訪問に応対する女中に声をかけた。
「はい、しばらくお待ち下さい」
相手はそう言って、奥座敷に下がっていくと、……。ほどなくして、屋敷の奥から男爵自ら現れた。
「おぉ、サイキ殿。こちらの女性の方が、以前お話しになられていた方ですな?」
「えぇそうです。オオヤブ・エイコさん。職業は絵師をされています」
英子さんは私の紹介に、すかさずひとつ、無難に笑顔でお辞儀を返した。
バルディ男爵は、中世のヨーロッパ辺りの貴族服とよく似たものを着ていた。
ブラウスもズボンも、明るい染料で丁寧に着色されたもので、現地では大変高額なものだ。
一方、我々は全身自衛隊の深緑色の作業服に身を包み、英子さんにはごく最小限の化粧しかさせていない。
英子さんは我々の服装を気にしてそうだが、……。
まぁ、男爵は我々の陣営側、王党派なので問題ない。
英子さんは、先日までに研修で教わったとおり、笑顔を崩さず明るくしていた。
「おぉ、サイキ殿。こちらの女性も、苗字をお持ちなのですかな? さぞや、名のある絵師でいらっしゃいますかな?」
「えぇ、技術は折り紙付きですよ」
「そうですか、そうですか」
「……」
ふむ。我々と近い関係にある男爵には、これくらいの紹介で大丈夫だろう。
「いささか狭い田舎の我が家ですが、エイコ殿もどうぞごゆるりとお過ごし下さい!」
母屋に通されると、屋敷内は様々な魔石を使用することによって、生活レベルが格段に高くなっている。
例えば光魔石や炎魔石、水魔石があって、それぞれ照明、コンロ、蛇口と、現代日本風の文明の利器が随所に配置されているのだよ。
洗面室にて石鹸で手を洗っていると、これなら現代っ子の英子さんでも安心して過ごせるのではないかと思った。
「我々は、晩餐の席に招待を受けています。では、英子さん、……。事前に話したとおり、こちらに着替えて待機して頂けますか?」
英子さんに日本から持ち込んだスーツケースを手渡すと、さっそく別室に移動して貰った。
バルディ家の若い女中の手を借りて、用意したイブニングドレスに、さっそく着替えさせる。
英子さんが食堂にくるまでの間、私はバルディ男爵一家と、長いテーブルの席にて話し合いをしていた。
「そうでしたか、……。前任者の人はお亡くなりになってしまいましたか、……」
「えぇ。今後はオオヤブ・エイコ嬢が担当になりますので、どうぞよろしく!」
そう言って私が軽く頭を下げると、男爵一家は皆深々とお辞儀をした。
「お待たせ致しました」
そのタイミングで、英子さんが女中を伴って室内に入ってくる。
彼女は事前研修のとおりに、イブニングドレスを身にまとってカーテシーをすると、……。
男爵家の皆様が「おぉっ!」と仰って、頬を紅潮させて微笑んだ。
バルディ男爵自ら席を立ち、「どうぞ、エイコ嬢。サイキ殿の席の隣りにお着き下され!」といって、椅子を引いて席に着かせてくれた。
「ありがとうございます」
英子さんもその気になって、スマイル、スマイル、……。
男爵も奥方もご子息もご息女も、皆さん笑顔だ。
ふむ、……。英子さんの第一印象は、上々のようだ。
すかさず、私は英子さんに顔を近づけて、耳打ちする。
「さすがは英子さんですな。男爵家の皆さんが、こんなに愛想がいいのは珍しいのですよ!」
「もしかして、私の化粧が珍しかったのですか?」
英子さんも、おそるおそる小声で返してくる。
「とんでもないっ! 英子さんが、とてもお綺麗だからですよ!」
「なるほど」
その表情は、常日頃 周囲から美人美人と言われ慣れている、そんな様子に思われた。
まぁ今回、英子さんに異世界ゆきのチケットを渡したきっかけが、彼女の「外見」もその要素のひとつだったからな。
席の背後では、控えている若い女中同士で、化粧を施された女の子が注目の的になっている。
英子さんはこちらから言わずとも、現在すべきことを着実に行ってくれる。
それは、大変ありがたいことだ。
英子さんが加わって始まった晩餐の席は、身内同士のフランクなものだった。
彼女は、初めての貴族との食事を無事済ませられたことに、ホッと胸を撫でていた。
軽めの晩餐が終わると、私はバルディ男爵と、日本から持ち込んだウィスキーを共に嗜みながら、今後の件について話し合いを行う。
「サイキ殿、現在ウチの屋敷には数名、隣領から送り込まれた手の者がおります。引き続き泳がせておいて、我々王党派の流儀を学ばせたいと思っております」
「ふむ、……」
そうなのだ。隣領はトラヴィス伯爵領。反王党派の牙城のひとつと目されている、貴族の重鎮だ。
これまで何度かこちらから接触を試みたものの、向こうから色よい返事を貰ったことはない。
場合によっては英子さんを連れて、向こうにも顔を出したいところだが、……。
まぁ、下手に出てこちらが舐められては意味がない。
明朝男爵邸を発ったら、そのまま伯爵領は素通りで済ませた方がよろしいだろう。
「それにしても、……。今度お連れしたエイコ嬢は、大変お綺麗でいらっしゃいますな?」
「えぇ、まぁ、……」
2人で向こうの席を窺うと、……。
女子陣に英子さんはぐるりと取り囲まれて、大変盛り上がっている様子。
「エイコ嬢、……。あなた、とてもお綺麗ですわね?」
「えっ、……。えぇ、まぁ」
バルディ男爵の奥方に対し、英子さんは愛想よくスマイルをしていた。
彼女達の話題は、どうやら英子さんが好意で彼女付きの女中に化粧を施して、それが大変評判になっている様子だった。
「えぇ、……。私のいた日本国のお化粧が、こちらヤムント国でも受け容れられるのかどうか、知りたかったんです。ご興味をお持ちですか?」
「はいっ!」
男爵のご息女が、実に正直そうな笑顔で頷いている。
「エイコ嬢、……もしよろしければ、私どもにもして頂けないかしら?」
奥方もまた、日本式の化粧に興味がおありの様子だ。
「えぇ、もちろんですよ」
快諾する英子さんに、奥方とご息女は「まぁっ!」、「やった!」と、それぞれ嬉しそうに微笑んでいる。
この様子なら、つつがなく英子さんは歓心を得ることができるだろう。
「では、エイコ様。直ぐに始めましょう! 別室にご案内致しますわ!」
ご息女は英子さんの手を取り、別室への移動を促している。
凄い人気者だな、英子さんは、……。
グイグイと女性達に別室に引っ張られていく。
英子さんは食堂を出る際に、ちらりと我々男性陣の方に目をやった。
「我が妻が無理を言って申しワケない。気の済むまで相手をしてやって下さらんか?」
男爵の言葉に、英子さんはニッコリと微笑む。
「はい。こちらも楽しいですから」
「それはありがたい、……」
バルディ男爵はそう言って、少々弱ったように笑顔を浮かべる。
その男爵の顔には、深く大きな傷跡がある。
度重なる魔物の襲撃で被ったものだ。
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