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玉座の間は一瞬にして地獄絵図と化した。
鑑定士たちは手際よく、壁に飾られた初代国王の肖像画(金箔フレーム付き)に「差し押さえ」と書かれた赤いシールをベタリと貼り付け、額縁ごと壁から取り外した。
別のスタッフは、天井から吊り下げられたクリスタルガラスのシャンデリアの解体作業に入り、また別の者は、大臣たちが座っていた豪華な革張りの椅子を容赦なく引き抜いた。大臣たちは床に尻餅をつき、「ひいっ!」と悲鳴を上げる。
「エレオノーラ! やめろ! やめるんだ!」
アウグストが私に掴みかかろうと駆け寄ってきたが、間一髪、我が家の私設騎士団長である鉄仮面の巨漢が立ちはだかり、アウグストの胸甲をドンと突き飛ばした。アウグストは無様に床を転がり、自慢の金髪を埃まみれにした。
「無礼者! 私はこの国の王子だぞ!」
「いいえ、『元』王子様」
私は彼を見下ろし、冷ややかに訂正した。
「現在のラングハイム王家には、あなたに王子としての歳費を支払う能力も、その立場を保証する資産もございません。ただの『四億八千万枚の借金を抱えた無職の男』です」
「くっ……! マリア! マリア、大丈夫か!?」
アウグストは這い進み、震えるマリアを抱きしめた。
「安心しろ、マリア! 私が……私が君を守る! こんな悪女の脅迫に屈するものか!」
「あら、愛し合っていらっしゃるのは結構ですが、マリア様」
私は二人へ近づき、マリアが身に纏っている昨夜のドレスに目を向けた。
「そのドレス、昨夜も申し上げましたが、我がアスガルド傘下の『ルミエール商会』の所有物です。代金が未払いのままですので、現物を回収させていただきます」
「え……? な、何言ってるの……?」
マリアが青ざめる。
「セバスチャン、女性の回収スタッフを呼んで。マリア様からそのドレスと、身につけている宝石類をすべて剥ぎ取って頂戴」
「承知いたしました」
「い、いやああぁぁぁ! 何するのよ! 離しなさいよ! アウグスト様、助けてぇ!」
女性スタッフ二人が容赦なくマリアの腕を掴み、別室へと引きずっていこうとする。
「エレオノーラ! 貴様、マリアに服を脱げというのか! そんな屈辱を……!」アウグストが叫ぶ。
「あら、ご安心ください。全裸で追い出すような野蛮な真似はいたしませんわ」
私はニッコリと微笑み、セバスチャンが差し出した麻袋から、ごわごわとした灰色の服を取り出した。
「我が家の農場で下夫が着用している、最も安い麻のチュニックをご用意しました。これを着ていただければ、最低限の矜持(と肌の隠蔽)は保てますでしょう?」
「ふざけるな! マリアにそんなボロ切れを着せられるか!」
「では、全裸で王都の街を歩かれますか? 私としてはどちらでも構いませんけれど」
マリアは「嫌あああぁぁぁ!」と悲鳴を上げながら、女性スタッフに連れ去られて行った。
その後も、差し押さえ作業は淡々と、かつ完璧に進められた。
国王の頭から王冠が恭しく取り外され、重さと言収める金の含有量を測定するために天秤に乗せられた。国王は頭を抱え、床にへたり込んでシクシクと泣き出した。
「エレオノーラ……頼む……後解にしてくれ……。国が……国が滅んでしまう……!」
国王が情けない声で乞う。
「滅びはしませんわ、陛下。トップが挿げ替わったところで、民の生活は今まで通りですから。みんなすぐに忘れますよ。安心してくださいね」
私は優しく言い聞かせるように語りかけた。
「我がアスガルド公爵家は、非常に慈悲深い家柄でございます。国家の運営が破綻した以上、本日よりこのラングハイム王国は、我がアスガルド公爵家の『完全子会社』として再出発いたします」
「こ、子会社……!?」
「ええ。政治という名の無能な道楽はここまでです。これより本国の行政、税制、労働環境のすべてを我が家が再構築いたします。無駄な貴族の歳費はすべてカット。王宮は『アスガルド・本社ビル兼博物館』として一般公開し、入場料を取って債務の返済に充てます」
「な……王宮を博物館だと!? 我らはどこに住めばいいのだ!」
アウグストが立ち上がり、血走った目で叫んだ。
「王宮の地下に、以前使われていた古い開拓民用の宿舎がございますわ。一人当たり三畳ほどのスペースですが、屋根も壁もあります。十分でしょう?」
「ふざけるな! そんな豚小屋のような場所に、王族の私が住めるか!」
「住めないというのであれば、路頭に迷うしかありませんわね。ああ、そうそう。もちろん、あなた方にも『働いて』いただきますわよ」
私はポケットから、新たな書類を取り出した。
「アウグスト殿下、あなたには明日から、我が家の鉱山での『採掘作業員』として勤務していただきます。体力だけは自慢のようですから、労働で汗を流し、返済金の一部に充ててください。月給は金貨二枚。食費と宿舎代を引いて、残りの金貨半枚が返済に回されます。四億八千万枚を返し終える頃には……そうですね、およそ『八億年』ほどかかる計算になりますが、頑張ってくださいね」
「は……八億年……!?」
アウグストの顔から、完全に血の気が引いた。膝がガクガクと震え、そのまま床にへたり込む。
そこへ、麻のチュニックを着せられたマリアが、泣きじゃくりながら戻ってきた。
高級なドレスも、美しい宝石も奪われ、ただの粗末な灰色の一枚布を纏った彼女は、もはや「可憐なヒロイン」でも何でもなかった。ただの垢抜けない、貧しい娘に過ぎない。
「ア、アウグスト様ぁ……! 私、こんな服嫌よ!」
「マ、マリア……」
「マリア様にも、お仕事をご用意しておりますわ」
私はマリアを見下ろし、甘い声で告げた。
「我が家の直営農場での『ジャガイモの芽かき作業』です。毎日朝四時起きで、夕方までひたすらジャガイモの芽をむしり取るお仕事です。素晴らしいでしょう? あなたが大好きな『自然と触れ合う』生活ですよ」
「嫌! 嫌よ! 私、貴族なのよ!? 王子様と幸せになるはずだったのに! こんなの絶対おかしいわよ!」
マリアは床に伏してバタバタと足を叩き、子供のように泣き叫んだ。
その光景を見つめながら、私は心の底から湧き上がる満足感を噛みしめていた。
自分を特別な存在だと信じ込み、他人の努力や権利を平然と踏みにじってきた愚者たちが、現実の冷酷なルール(経済と契約)によって破滅していく。
これ以上の娯楽が、この世にあるだろうか。
「さて、国王陛下。こちらに『事業譲渡および子会社化同意書』がございます。サインしていただけますか? それとも、今すぐ全王族を不法占有者として摘発し、監獄へお送りいたしましょうか?」
私は羽ペンにインクを浸し、ガタガタと震える国王の手へと握らせた。
国王は絶望の涙を流しながら、自らの手で、国家の終焉を告げるサインを書き走らせた。
───
夕刻。
すべての差し押さえ手続きと、子会社化の調印を終えた私は、再び漆黒の馬車へと乗り込んだ。
馬車の窓から振り返ると、すっかり荷物が運び出され、がらんどうになった王宮の門前で、麻の服を着たアウグストとマリアが、互いに擦り付け合うようにケンカを始めているのが見えた。
「全部君のせいだ! 君がアプリコットタルトだの宝石だのを欲しがるから!」
「何言ってるのよ! アウグスト様が無能だからでしょ! 王子様のくせに、お金もないなんて最低!」
「何だと!? この恩知らずめ!」
かつて「真実の愛」を誓い合った二人は、いまやただの見苦しい口論を繰り広げている。愛などという不確定要素は、金銭的困窮の前には一瞬で霧散するのだ。
「フフ……実に素晴らしいわね」
私は窓のカーテンを静かに閉めた。
「お疲れ様でございました。お嬢様」
セバスチャンが御者台から声をかけてくる。
「ええ、お疲れ様、セバスチャン。でも、これで終わりではないわ。明日からは『ラングハイム子会社』の再建事業が始まるのよ。労働者の意識改革、税制の効率化、そして周辺国への新事業の展開……やるべきことは山積みだわ」
「畏まりました。して、本日の夕食はいかがなさいますか?」
「そうね……最高級のキャビアと、冷えたシャンパンをいただきましょう。あのおバカさんたちが明日から食べる、カビの生えた硬いパンに乾杯するためにね」
馬車は夕闇を切り裂き、我がアスガルドの帝国へと向かって走り出した。
私の「復讐」は、まだ始まったばかりだ。




