第三話 薬師の老婆
老婆は、街の北端に住んでいた。
名前を知っている者は少なかった。
みんな「薬師の婆さん」とだけ呼んでいた。
彼女は何十年も前からヴェルナに住んでいて、草や根や木の皮から薬を煎じ、お産の補助をし、高熱の子供に冷やした布を当てていた。
ルシアもエリーナを産んだとき、老婆に世話になった。
粗末な羊毛の服に、白髪を乱雑に束ねた、いかにも魔女めいた容貌。
しかし手つきは確かで、知識は深く、どんな薬草でも知っていた。
ゴットが死んでから一ヶ月が経ち、また一人、子供が消えた。
今度はマルタの息子アランだった。
八歳のアランが、庭で遊んでいる間にいなくなった。
マルタは錯乱した。
泣き崩れ、叫び、夫に抱きとめられながら「アランを返して」と繰り返した。
捜索が行われ、またも子供は見つからなかった。
そして今度も、人々の視線は「別の誰か」に向いた。
「薬師の婆さんが怪しいわ」
「子供を薬に使っているのよ。
前からそう思ってたわ」
「そうだわ。
子供が消えるたびに、あいつだけ知らん顔をしてたじゃないの」
「許せない!」
「許せない!」
マルタが、それを聞きつけた。
「あの婆さんが、アランを……」
そう呟いた瞬間、マルタの顔が変わった。
怒りでも悲しみでもない、何か冷たい、底のない何かがその目に宿った。
「みんなで婆さんを、やっつけましょう!」
ルシアは止めようとした。
「待って、マルタ!
本当にそうだって証拠が——」
「証拠なんていらないわ!」
マルタは振り返らなかった。
「あの婆さんが怪しいって、みんな思ってたでしょう?
私のアランが……アランが……」
それ以上は言えなかった。
ルシアは、ベルタと顔を見合わせた。
老婆を捕まえたのは、広場に集まった二十人ほどの女たちだった。
男たちも何人かいたが、主導したのは女たちだ。
母親たちだ。
老婆は引き立てられ、広場の中央に立てられた柱に縛りつけられた。
薪が積まれた。
ルシアはその場にいた。
来るつもりはなかったが、マルタを一人にするのが怖くて、気がついたら来ていた。
老婆は柱に縛られながら、不思議なほど落ち着いていた。
怒りもなく、哀願もなく、ただ黄色く濁った目で、集まった母親たちをゆっくりと眺めていた。
「言いたいことがあるなら言いな」
誰かが怒鳴った。
「お前はカルや、アランを、どこへやった?」
老婆は、かすかに口の端を上げた。
「言ったところで、あんたたちには理解できないよ」
「理解できるわ! さあ、言いなさい!そして子供達を、返しなさい!」
老婆は目を細めた。
それからゆっくりと、一人一人の顔を見渡した。
ルシアのところで、少し目が止まった。
「子供たちは、自分で出て行ったんだよ」
広場が、静まり返った。
「は?どういうことだ?どうして家出して帰ってこなくなるんだ?あり得ない!」と誰かが言った。
「黙れ!関係ない変なことを言って惑わすな!」
マルタが叫んだ。
「私のアランをどうしたか言いなさい!
言わないなら、焼くわよ!」
老婆は、マルタをじっと見た。
「……哀れな子だねえ」
その言葉が、マルタの逆燐に触れた。
マルタが足元の松明を拾い上げた。
「焼くわ!覚悟しなさい!この誘拐犯め!」
「マルタ、待って!だめ!」
ルシアが手を伸ばしたが、間に合わなかった。
薪に火がついた。
炎は乾いた木をたちまち飲み込み、柱の根元から這い上がり始めた。
老婆は叫ばなかった。
足に炎が触れても、ただ静かに目を閉じていた。
そして、煙が喉に絡みついてきた頃、老婆は薄く目を開けて、最後の言葉を言った。
絞り出すような、しかし確かに届く声で。
「子供のことを……確認したいかい?
なら、池の中を覗いてご覧」
炎の音に、言葉が溶けた。
「子供がどうしているのかを……確認できるから……」
老婆は燃えて逝った。
広場に、焦げた匂いが漂った。
誰も何も言わなかった。
ルシアは固まったまま、消えゆく炎を見ていた。
(池にいるわけがない。池の中にいるというのなら、マルタの子はもう死んでいると言いたいの?)




