第二話 泥の仮面
街の外れに、一人のドワーフが住んでいた。
名前はゴット。
背丈は一般的なドワーフと同じく低く、しかし他のドワーフと違って、山の工房ではなく街の端の掘っ立て小屋に一人で暮らしていた。
酒樽のような体と、鉄の繊維のようなごわごわした赤茶の髭。
いつも泥のついた大きな手を持て余すように、街の子供たちの前にしゃがみ込んで、土で何かを作っていた。
「また泥でも遊んでるのかしら」
市場の女たちは眉をひそめた。
「あの爺さん、いつ見ても薄気味悪いのよね」
「子供に仮面を配ってるって聞いたわよ。
なんのために?」
「本人は『贈り物だ』って言うらしいけど……」
ゴットは子供たちに、泥で焼いた小さな仮面を配っていた。
ちょうど顔の下半分を覆うような形の、ごく薄い素焼きの仮面。
色は淡い白で、細かい模様が彫られている。
それは確かに、職人の技としては美しかった。
「なんで仮面なの、おじさん」
子供に聞かれると、ゴットは決まってこう答えた。
「お守りさ。
首の後ろや、腕や、顔に、白い線が出てきたら、これをつけて、隠しておくんだ。この仮面をつけたら、白い線は消えるからね。線が消えたら、仮面を取っても大丈夫だよ。
白い線を、大人には見せちゃいかんよ」
「どうして見せちゃダメなの?」
「大人は怖がるからだよ」
子供たちはきょとんとして、それでも仮面を受け取った。
そしてルシアの娘エリーナも、ある日帰宅するなり「ゴットのおじさんにもらった」と言って、白い仮面を見せた。
ルシアは反射的に、それを取り上げた。
「こんなもの、あの変なドワーフにもらっちゃだめ」
「でも、きれいだよ?」
「きれいとか関係ないの。
ゴットのおじさんは、良くない人なのよ」
「どうして?」
「どうしてって……だって、何を考えてるかわからないじゃない」
ルシアは仮面を棚の奥にしまい込んで、エリーナに言い聞かせた。
ゴットのところには行ってはいけない。
あのドワーフは変だから。
それで済むはずだった。
神隠しが起きたのは、その翌週のことだ。
ベルタの息子カルが、学校から帰る途中に消えた。
九歳の男の子が、白昼堂々、消えた。
街中が騒然となった。
捜索隊が組まれ、男たちが横一列になって野原を歩き、森の中を呼びながら進んだ。
しかし、カルはどこにもいなかった。
「神隠しよ」
年配の女が言った。
「また神隠しだわ。
七ヵ月前にも、ルシウスの子が消えたでしょう」
「でも、なんで神様が、お守りくださってる街で神隠しが起きるの?」
「それは……誰かが、邪悪なことをしているからよ」
女たちの視線が、自然と一方向を向いた。
街外れの小屋の方向を。
「あのドワーフよ」
誰かが囁いた。
「ゴットよ。
あいつが子供を取っているのよ」
「そうだわ。
仮面を配ってたじゃないの。
あれで呼び寄せて、さらってるんだわ」
「許せない!」
「許せない!」
怒りは感染する。
一人が確信すれば、周囲も確信する。
根拠は要らない。
疑念と恐怖があれば、人は何にでも理由を見出せる。
その夜、ゴットの小屋は火に包まれた。
ルシアは、ゴットの火刑の場には行かなかった。
マルタとベルタが「行こう」と誘ったが、断った。
ゴットが本当に誘拐犯かどうか、自分には判断できない。
エリーナにも仮面を配っていたが、危害を加えてきたわけではない。
それに、カルはゴットの小屋の近くで消えたわけでもなかった。
だがその夜、ベルタから短い言伝が届いた。
「あいつは最後まで笑っていたわよ。
何が楽しいんだか」
翌朝、ルシアが市場に行くと、女たちがその話をしていた。
「あのドワーフ、何か言ったらしいわよ」
「ええ? 何て言ってたの?」
「聞こえなかったけど、何か笑いながら言って、それで……」
女は声を潜めた。
「炎の中で、笑ったまま死んだって」
ルシアは、それを聞いてなぜか、足の先から冷えていく感覚を覚えた。
どうして笑っていたのか。
何が、そんなに可笑しかったのか。
しかし日々は続く。
エリーナはまた学校に行き、友達と笑い、川辺で遊んだ。
カルのことを尋ねると、エリーナは少しだけ黙ってから、「カルはお空に行ったんでしょ」と言った。
「どうしてそう思うの?」
「わからない。
でも、なんかそんな気がして」
子供なりの、死の解釈だろうか。
ルシアは頷いて、それ以上は聞かなかった。
棚の奥に押し込んだ泥の仮面が、ときどき頭に浮かんだが、ルシアはそれを取り出さなかった。




