第一話 祝福の街
「また今日も、アノンさんのところに赤ちゃんが生まれたって」
ルシアは朝市の籠を抱えながら、隣のマルタに耳打ちした。
「それで何人目?」
「五人! しかも全員、青い目の、ほっぺのふっくらした、本当に可愛い子ばかりですって」
ヴェルナの朝は、そういう話で始まる。
誰それの子が生まれた。
誰それの子は今年で五歳になった。
誰それの子は、もう乳歯が抜けたとか。
石畳の路地に並ぶ屋台の間を縫って、女たちは果物や焼きたてのパンを手に取りながら、飽かずに子供の話をした。
それがこの街の、変わらない朝だった。
ヴェルナは美しい街だった。
丘の上に建つ白亜の神殿を中心に、花々を飾った窓の家々が階段状に連なり、街の外周を澄んだ水の流れる水路が囲んでいる。
どこを切り取っても絵画のような風景で、旅人がたまに迷い込んでは「まるで楽園だ」と呟いて去っていった。
そして何より、ヴェルナで生まれる子供は美しかった。
男の子も女の子も、どこか彫刻めいた均整のとれた顔をしていて、病気ひとつしない。
転んで膝を擦りむいても翌朝には傷がふさがり、熱を出しても一晩で下がった。
肌はきめ細かく、髪は艶やかで、目は宝石のように輝いている。
「神様がお守りくださっているのよ」
年配の女たちはそう言い、若い母親たちはそれを疑わなかった。
ルシアにも、娘がいた。
エリーナ。
今年で七歳になる。
明るい栗色の髪と、薄緑色の目をした、確かに美しい娘だった。
「ただいまー!」
朝市から帰ると、エリーナが玄関に飛び出してきて、ルシアの腕に抱きついた。
「おかあさん、今日ね、ダニとケアで川に行こうって言ってるんだけど」
「だめよ、また服が泥だらけになるでしょう」
「いいじゃーん、洗えば落ちるもん」
「洗うのは誰だと思ってるの」
「おかあさん♡」
にっこり笑うエリーナの頬に指を当てると、ぷにっとした弾力が返ってきた。
ルシアはそれだけで、すべてが報われる気がした。
この子さえいれば、何もいらない。
そんなことを本気で思えるのが、この街の母親というものだった。
その日の昼過ぎ、ルシアは隣のマルタの家でお茶を飲みながら、ベルタという三人目の友人と雑談に興じていた。
話題は、例によって子供のことだ。
「ウチのカル、最近また一段と背が伸びたと思わない?」
ベルタが自慢げに言う。
「うちのエリーナも! 先週測ったら、去年より五センチも伸びてたのよ」
「ヴェルナの子って、本当に成長が早いわよねえ。うちのアランも大きくなったわ」
マルタが大きく笑いながら言う。
「でもね」
ベルタがふと声を潜めた。
「カルの腕に、変なものが出てきてるの」
「変なもの?」
「ちょっとした、ひびみたいな。
皮膚が、こう……白っぽく浮いてきて、なんか……模様みたいに見えるんだけど」
「乾燥じゃないの? 最近、日が出てないから」
「そうかしら。
でも、ちょっと変な感じで」
「うちのエリーナも、そういえば首の後ろに……」
ルシアが言いかけた瞬間、マルタが手を振った。
「やだ、そんな心配そうな顔しなくても。
ヴェルナで生まれた子に限って、何かあるわけないでしょう」
そうよね、とルシアは笑って頷いた。
そうよ。
この街の子供に限って。
だって神様が、守ってくださっているんだから。
その夜、エリーナを寝かしつけながら、ルシアは娘の首の後ろを確認した。
髪をそっとかきわけると、細い線が見えた。
うっすらと白く、乾燥した肌が浮き上がっているような。
でも翌朝には、きれいに消えていた。
やっぱり、気のせいだったのだ。
ルシアはそう思うことにした。




