番外編:ゴットが知っていたこと
ゴットが泥の仮面を作り始めたのは、三十年前のことだった。
ヴェルナに流れ着いたのは偶然だった。
山の工房を追われた後、各地を転々として、食いつなぎながら旅をしていた。
どの街でも「ドワーフが一人でうろついている」と白い目で見られ、長くは留まれなかった。
ヴェルナはきれいな街だった。
入った瞬間から、妙に居心地が良かった。
空気が柔らかく、人々が穏やかで、食べ物がおいしかった。
ゴットは街外れに小屋を建て、定住することにした。
変化に最初に気づいたのは、子供たちの遊び場だった。
ゴットは子供が好きだった。
自分の子供はいなかったが、子供の声がすると、なんとなく嬉しくなった。
街の子供たちは、最初は「変なドワーフ」と言って近寄ってこなかったが、ゴットが泥で動物の形を作って見せると、少しずつ慣れてきた。
そうして仲良くなった子供の一人が、ある日首の後ろを痒そうにしているのを見た。
「どうした」
「なんかかゆくて」
「見せてごらん」
のぞき込んで、ゴットは息を止めた。
細い線。
白く浮いた皮膚。
まるで、何かの殻が内側から浮き上がってきているような。
ゴットは三十年間の旅の中で、色々なものを見てきた。
山の奥に住む岩の精。
海底から来た魚人族。
樹の中に溶け込んだ木の民。
だが、これは何だ。
人間の子供に見えて、内側から「別のもの」が育ちつつある。
しかも子供は、自分でも気づいていない。
いや、子供だけではない。
よく見れば、大人も、皮膚のどこかに微細な変異が始まっていた。
しかし彼らは、それを見えていなかった。
見ないように、できていた。
ゴットは調べた。
街の歴史を、古い記録を、老人の話を、一つ一つ集めた。
分かったのは、ヴェルナがこの場所に建てられてから少なくとも二百年、同じことが続いているということだった。
数ヵ月に一度、子供が消える。
それ以外の日々は、何も変わらない。
美しい子供が生まれ、健康に育ち、大人になり、また子供を産む。
消えた子供は「神隠し」と呼ばれ、人々は嘆き、しかしやがて忘れ、また新しい命を喜ぶ。
神隠しに遭うのは、変異が一定の段階まで進んだ子供だけだった。
つまり。
この池の底で繭になるのが、この「子供たち」の目的地なのだ。
しかしそれが何者の意図で、何のために行われているのか、ゴットには分からなかった。
神殿の奥に何かがいるのかもしれない。
あるいは、この土地そのものが、そういう性質を持っているのかもしれない。
ゴットはただ、一つのことだけを決めた。
自分には止められない。
逃げることすら、できないかもしれない。
でも、せめて。
子供たちが「変化」していることを、大人に見つけられる前に、少しでも長く隠すことはできる。
それが、仮面の始まりだった。
仮面は、完全な解決にはならなかった。
子供は結局、消えた。
ゴットが仮面を作り続けた三十年間、ずっと子供は消え続けた。
それでも、ゴットは作り続けた。
「なんで仮面を作るの」と子供に聞かれると、決まってこう答えた。
「お守りさ」
それは嘘だった。
お守りにはならない。
でも、他に言いようがなかった。
怖がらせることはできない。
知らせることはできない。
助けることもできない。
ただ、一緒にいることしかできなかった。
そうしてゴットは三十年間、この街の外れで、子供たちと泥を触り、仮面を焼き、笑った。
ゴットは最期の瞬間まで、後悔しなかった。
炎の中で笑ったのは、やけくそではなかった。
本当に、後悔がなかったからだ。
三十年間、できることをしたから。
泥の仮面は今も、ルシアの棚の奥に眠っている。
次の子供に渡されることなく。
でもゴットが彫った模様の意味を、一人でも誰かが気づくことを、ゴットはもう知ることができない。




