第五話:英雄は常に全裸。〜聖女の決意と、呪いの着衣式〜
「全裸勇者ダイ、魔王軍四天王ハイドを撃退!」
その報は、魔法の伝書鳩によって瞬く間に王国全土へと広がった。
「見たか! 敵の鎧のみならず、その矜持すらも剥ぎ取るあの覇気! まさしく我が国の至宝なり!」
王都の酒場では、男たちが「ダイ様にあやかれ!」と、なぜか上半身を脱ぎ捨てて乾杯していた。
ダイの意図せぬところで、王国には空前のクールビズブームが到来していたのである。
一方、そんな狂乱を余所に、聖女ユイは深い絶望の中にいた。
「……このままじゃダメ。世界が……世界の倫理観が、ダイさんの肌色に塗りつぶされていく……!」
彼女は王宮の最深部、禁書庫のさらに奥にある大賢者ガンドルフの研究室を叩き壊さんばかりの勢いで訪ねていた。
「ガンドルフ様! お願いです、ダイさんに『消えない服』を! あのコートじゃダメなんです、戦闘のたびに私が社会的死に直面するんです!」
大賢者ガンドルフは、試験管を振る手を止め、重々しく口を開いた。
「聖女様、落ち着かれよ。……実は一つだけ、道がないわけではない。だが、それはあまりにも『劇薬』だ」
「何でもします! 露出狂の勇者と一緒に旅をする苦行に比べれば、何でも!」
ガンドルフが重厚な金庫から取り出したのは、どす黒いオーラを放つ、禍々しいデザインの外套だった。
「これは、かつて王国一の魔女が生み出した伝説の呪具……『絶対に脱げない緊縛の外套:アブソリュート・ホールド』じゃ」
ユイはゴクリと唾を呑んだ。
「絶対に……脱げない?」
「いかにも。一度装着すれば、死ぬまで外れぬ呪いがかかる。たとえダイ殿が全裸パワーを放とうとも、この外套自体の呪いが、存在そのものをこの次元に繋ぎ止めるやもしれん」
「それです! それをダイさんに! ……でも、魔女さんは、どうしてこんな物騒な物を作ったのですか?」
「浮気性の旦那をこらしめるためじゃ!」
――数時間後。
ダイは、王宮の中庭に呼び出されていた。
「え、何これ。また新しいコート?」
「はい! ダイさん、これを着ければ、もうパージに怯えなくて済むかもしれません!」
「ずいぶんと禍々しいデザインだけど……」
サトウが恐る恐るその外套に袖を通した次の瞬間――。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ダイの身体を電撃が貫いた。
「ダイさん!?」
「あ、熱い! 体が、めちゃくちゃ締め付けられる! 何だこれ、何かが脳内に語りかけてくるぞ! 『離サナイ……絶対ニ、離サナイ……私ダケノモノ』って!」
ダイの斥力との外套の呪いが、彼の全身で凄まじいデッドヒートを繰り広げ始めた。
パチパチと火花が散り、空間が歪む。
そして――。
「……あ。止まった」
ダイが呆然と呟く。
「……やった! 残った! 装備が残りましたよ、ダイさん!」
ユイが歓喜の声を上げる。
「でも、これ、力が出ないっていうか、体が重いですね」
ダイが、ガンドルフに言う。
「それが抑制の効果じゃ。暴走は防げるが、貴殿の無敵の防御力も、今は並の戦士程度まで落ちておろう。注意せよ」
――数日後。
ダイとユイは、魔王軍に包囲されていた。
「ハハハ! 無敵の全裸勇者と聞いていたが、ただの男ではないか! 死ね!」
魔族の放つ暗黒魔法がサトウの肌をかすめ、血が滲む。
これまでの無双が嘘のように、サトウは窮地に立たされていた。
「ダイさん! ……ダメ、私がやらなきゃ!」
ユイが杖を掲げ、最大出力の【光魔法(極)】を放とうとした、その時。
魔法の余波がダイの腰元を打ち、呪いのコートのベルトが、カラン、と音を立てて外れた。
「……あ。ベルト、外れちゃった」
ダイの瞳から、抑制されていた光が漏れ出す。
「ダイさん……?」
「ユイさん、ごめん。……脱いでもいいかな?」
絶体絶命の窮地の中、ユイは決意を込めて叫んだ。
「……はい! 脱いでください! 全力で脱いで、やっつけちゃってください!」
許可は下りた。
ダイがコートをかなぐり捨てた瞬間、戦場を未知の輝き――『全裸破』が貫いた。
ドドォォォォォォォォンッ!!
光を浴びた魔族たちは、装備が消滅したのみならず、その場で膝をつき、うわ言のように叫び始めた。
「私……私が、魔王様の大切にしていた壺を、掃除中に誤って壊しました!」
「昔、母上の秘蔵のポエムを勝手に焚き火にくべたのは私です!」
「実は、寝る時にまだ指をしゃぶって――」
隠し続けてきた秘密。心の奥底に封印した黒歴史。
それらが、物理的な服と共に一滴残らず剥き出しにされていく。
「き、鬼畜すぎる……!」
「あの男、体だけじゃなく心まで丸裸にしやがった!」
魔族たちはあまりの羞恥に顔を覆い、クモの子を散らすように逃げていった。
静まり返った戦場で、全裸のダイは清々しい顔をして立っていた。
「ユイさん。これ、戦闘のたびに許可もらうの、なんかいいですね」
「……いいわけないでしょ! 早くコート着直してください、この変態!!」
ユイは真っ赤な顔で、ダイに背を向けながら言った。




