第三話:魔王軍の緊急対策会議と、馬車内のソーシャルディスタンス
「報告します。人間軍が召喚した新たな勇者サトウは……我らの攻撃を一切受け付けず、一瞬でこちらの尊厳と装備を物理的に完全破壊する、歩く概念崩壊兵器です」
魔王城、謁見の間。
魔王軍最強の女騎士ゼノビアは、借り物のシーツを幾重にも体へ巻き付けた姿で、わずかに震えながら報告していた。
「……ゼノビアよ。その姿が、すべてを物語っておるな」
玉座に座る魔王は、こめかみを押さえ、深いため息をついた。
左右に控える軍師や四天王たちも、一様に顔色を失っている。
「触れただけで全裸だと!? 卑劣な……! 誇り高き魔族に対する、なんという破廉恥な攻撃か!」
「魔王様! 直ちに全軍に『目を閉じて戦う訓練』を――!」
「いや、それでは戦闘にならん! むしろ『脱がされても動じない精神鍛錬』の方が――!」
魔王軍幹部たちは、“いかに尊厳を守るか”という前代未聞かつ最低レベルにして最重要の議題で激論を交わしていた。
――その頃。
当の張本人であるダイは。
国境へ向かう馬車の中で、静かに心を削られていた。
◇◇◇
「…………」
馬車の中には、重苦しい沈黙が流れていた。
ダイは右側の窓際。
対面の左側には、聖女ユイ。
そして、その間には――
絶対に消滅させてはならない高級な大壺が、バリケードのように三つ並べられている。
(なんだこの配置……)
どう見ても、危険物隔離である。
「あの……ユイさん?」
「ひゃいっ!?」
声をかけただけで、ユイは飛び上がった。
勢い余って天井に頭をぶつけかけ、そのまま窓の隙間に吸い込まれるように身を縮める。
「な、なんですかダイさん!?」
「いや……そんな端に寄らなくても。このコート、今のところ安定してるし」
「だ、だって!」
ユイは半泣きで叫ぶ。
「万が一パージして、その時に私がうっかりサトウさんに触れちゃったら、私……私、小説家になろうの全年齢対象から外れちゃうじゃないですか!」
「メタいな! 理由がメタすぎるよ!」
サトウは思わず頭を抱えた。
自分は勇者だ。
本来なら彼女を守る立場のはずだ。
それなのに現実は――
(危険物扱いじゃねえか……)
隣に座るどころか、一定距離を保たなければならない存在。
もはや兵器である。
(……前世の満員電車でも、ここまで避けられたことはなかったぞ)
胸の奥に、じわりと鈍い痛みが広がる。
その時、馬車がガタリと揺れた。
反動で、ダイの体がわずかにユイの方へ傾く。
「きゃあああああ! 近寄らないで! 来る! 概念が来る! 全裸の概念が来るー!」
「概念って呼ぶな! ダイだ! ちゃんと名前がある!」
ユイはついに座席の背もたれの上へ避難した。
ダイは確信する。
(これ、魔王倒す前にメンタルが死ぬな……)
「……ねえ、ダイさん」
しばらくして、ユイが恐る恐る声をかけてきた。
背もたれの上から、距離を保ったまま。
「その……ダイさんがすごいのは分かりましたけど。もし魔王を倒した後って、どうするんですか? そのまま……なんですか?」
ダイは、窓の外へ視線を向けた。
遠くに連なる山々を、ぼんやりと見つめる。
「……元の世界に帰れるなら、それが一番だな」
一拍置いて。
「もし無理なら……山奥にでもこもって、誰にも会わずに生きるよ。全裸で、大自然の一部として」
「それ、ただの不審者です」
即答だった。
だがそのツッコミに、ダイはほんの少しだけ救われた気がした。
――その時。
馬車が急停止した。
「勇者様! 聖女様! 前方に魔王軍の待ち伏せです!」
御者の叫び。
次の瞬間、爆風と共に馬車の屋根が吹き飛んだ。
「クハハハ! 我は魔王軍四天王が一人、ダークエルフの大魔導士ハイド!」
上空から声が響く。
「噂の変態勇者が貴様か……って、なんだその古臭いコートは。拍子抜けだな。死ね!」
無数の魔法の鎖が、ダイへと襲いかかる。
ダイは、ゆっくりと立ち上がった。
(……ちょうどいい)
心の奥で、何かが軋む。
(今の俺、めちゃくちゃ機嫌悪いんだよな)
馬車の中で積み重なったストレス。
ユイに避けられ続けたダメージ。
それらすべてが、内側で臨界を迎えていた。
『――エラー、検知』
脳内に、あの無機質な声が響く。
だが今は、それすら心地いい。
「ハイド、だっけ」
ダイは顔を上げた。
「……あんたも味わってみるか?」
一歩、踏み出す。
「この、どうしようもない虚無を」
次の瞬間――
パォォォォォォォォォォンッ!!
ゼノビア戦を遥かに上回る規模の衝撃が、解き放たれた。
戦場は、一瞬にして“尊厳崩壊空間”へと塗り替えられていく――。




