第二話:国家プロジェクト「勇者着衣作戦」
召喚から三日。
本来であれば、魔王軍の侵攻に怯える民を鼓舞するため、勇者と聖女の華々しい凱旋パレードが行われる予定だった。
――だが、その計画は無期限延期となっている。
理由は単純明快。
全裸の勇者が参加するパレードなど実行すれば、魔王軍が攻めてくる前に王国の威信が死ぬからだ。
「……いいか、ダイ殿。これはもはや国家の存亡に関わる事態なのだ」
国王の声は、厚手のカーテン越しに聞こえてきた。
ダイを直視すると“何かが起きる”という、根拠のない恐怖が王城中に広まっているためである。完全な風評被害だ。
現在ダイは、王城で最も日当たりの良い場所に設けられた、特注の温室のような部屋に隔離――もとい、優遇されていた。
「いや、俺だって着たいんですよ、服」
ダイは心底うんざりした声で言う。
「でも、触れた瞬間に消滅するんです。どうしようもないでしょう」
聖なる布で編まれた法衣は一瞬で消え、国宝級のミスリル鎧は触れた途端に液状化した。
どうあがいても“着る”という行為が成立しないのだ。
ため息をついたその時、カーテンの向こうで一歩進み出る気配があった。
「ダイ殿。我ら王国魔導師団、そして伝説のドワーフ技師バルカンの英知を結集し、ついに解決策を見出した」
現れたのは、王国最高の大賢者ガンドルフ。
「解決策?」
「左様。貴殿の固有ギフト『絶対不可侵』は、外部からの干渉を拒絶するもの。ならば――」
一拍、間を置いて。
「服を“外部”ではなく、“貴殿の一部”として認識させればよい」
バルカンが差し出したのは、どこかの愛護団体が見たら発狂しそうな毛皮のロングコートだった。
「『概念外装:魔毛の外套』! 貴殿の全裸……もとい不可侵フィールドを逆位相で転写し、システムに“これは衣服ではなくサトウの肉体の一部である”と誤認させる逸品だ!」
「……肉体の一部?」
「そう! 全身を覆う、極めて布に近い体毛だと思えばよい!」
だいぶ嫌な表現だった。
とはいえ、背に腹は代えられない。
ダイは恐る恐るコートに袖を通す。
空気が震えた。
パチ、パチ、と火花のような音が肌と布の間で弾ける。
「消えるな……耐えろ……!」
ガンドルフとバルカンが祈るように見守る中――
コートは、弾け飛ばなかった。
「着られた……!」
ダイは思わず声を上げる。
「俺、服を着てる……!」
三日ぶりの布の感触に、軽く感動すら覚える。
人としての尊厳が、ようやく戻ってきた気がした。
「ただし! 注意せよ!」
ガンドルフがぴしりと指を立てる。
「これはあくまで“誤認”に過ぎん。貴殿が激しく動く、あるいは感情の昂ぶりによって不可侵フィールドが増大した場合――」
一瞬、言い淀み。
「……システムが矛盾を検知し、強制パージされる」
「パージ?」
「要するに、弾け飛ぶ。それも以前より強力な衝撃波と共に、だ」
(なんだその最悪の仕様……)
不安は残るが、とりあえず“普段は服を着ている”という体裁は整った。
「よし、ダイ殿!」
その瞬間、国王が勢いよくカーテンを開けた。
「着衣が叶った今こそ、初陣だ! 国境の砦に魔王軍の尖兵が現れた! 聖女ユイと共に出撃せよ!」
こうしてダイは、聖女ユイと共に初めての戦場へ向かうことになった。
なおユイは、うっかり触れて全裸になる事故を防ぐため、常に三メートルの安全距離を維持していた。
戦場に到着すると。
そこでは、漆黒の鎧を纏った女戦士が兵士たちを一方的に蹂躙していた。
「フン。人間どもの軍など、このゼノビア一人で十分だ」
大剣を肩に担ぎ、彼女はダイを睨む。
「……貴様が噂の勇者か。ずいぶんと舐めた格好だな。死ね」
言うが早いか、ゼノビアは地を蹴った。
常人では視認すらできない速度で間合いを詰め、大剣を振り下ろす。
ダイは咄嗟に腕を上げた。
ガキンッ!!
鈍い衝撃音が響く。
だが、いつもと違う。
『――エラー:異物混入。緊急排熱を開始します――』
「……は?」
脳内に無機質な声が響いた。
「ま、待て! 今のはノーカンだ! ちょっと出力が――」
「問答無用!」
ゼノビアの連撃が叩き込まれる。
その瞬間。
コートの内側が、太陽のように輝き始めた。
「ダイさんやめてぇええええ! それアウトですぅうううう!!」
背後でユイが悲鳴を上げ、顔を覆う。
――そして。
次の瞬間。
戦場全体が、まばゆい“肌色の光”に包まれた。
ドォォォォォォォォン!!
凄まじい衝撃波が走り、土煙が舞い上がる。
やがて煙が晴れた時。
そこに現れたのは――
「……な、なんだ……これは……!」
膝をつき、茫然とするゼノビア。
彼女の鎧も、マントも、インナーも……。
跡形もなく消え去っていた。
そして。
ゼノビアの視線の先には――
堂々と仁王立ちするダイの姿。
「キャァアアアアアッ!?」
ゼノビアが乙女のような悲鳴を上げ、慌てて身体を隠す。
「だから言っただろ……ノーカンだって……」
ダイは遠い目で呟いた。
この日。
魔王軍の間に、「一瞬で戦場を地獄に変える変態」の噂が広まった。




